図書館に帰ると、入り口近くの長机に顔を伏せて誰かが居眠りをしている。

机の上には、分厚い本が何冊も積み重なっている。

『医学部生だ。』

ドイツ語で書かれた本や、難しい言葉の羅列に医学部の生徒であることががすぐに分かった。

分厚い本の中に混ざっているバスケットボールの雑誌が気になったえみは、そっと雑誌を眺める。

すると、

寝ていたはずの男性と突然目と目が合った。

その人は、何も言わず、えみをじっと見ている。

その瞬間、えみは驚いて手に持っていたコーヒーを床に落としてしこぼしてしまう。

慌ててハンカチをカバンから取り出し、溢れたコーヒーを拭き取る。

すると、その男性もカバンから大きめのタオルを取り出し、拭き取るのを手伝始める。

「あの、すみません。タオル。汚れちゃって。」
えみが話しかけると、

「大丈夫。」
そっけない一言が返ってきた。

この瞬間、この男が井上圭であることに気づいた。

「タオル洗濯してお返しします。」
えみが尋ねると、

「サークルの洗濯機使えるから平気。」
またそっけなく答えた。

すると、井上はカバンに荷物を入れて図書館からさっさと出て行ってしまった。

井上の態度に、なんとなく怖い印象を受けたえみだった。

『怒らせちゃったのかな。』

コーヒーを飲んで素敵な一日が始まるはずだったのに、えみの気持ちは沈んだ。