停車駅に着き、井上が先導して光輝の家へと向かって行く。
電車を降りた瞬間から、えみは緊張で足が震えていた。
井上は辺りを見渡しながら穏やかな表情をしている。その表情を見たえみの気持ちは少し落ち着く。

光輝の両親が住んでいる一軒家は、駅から歩いて15分程の海に面したところにあった。
家に向かっている間も、えみと井上は特に何かを話すわけではなく、えみの少し前を井上が歩き、えみはそのあとをちょうどよい距離を開けて続いた。

そして二人は光輝の家に到着した。
二人は家の前に立ち止まり、息を整える。潮風と海の香りがえみと井上の鼻を通り抜ける。

「大丈夫?」
下を向いていたえみに井上が問いかける。

「うん。」
右隣に立っている井上を見上げてえみは小さくうなずきながら答えた。

えみの返事を聞き、井上がチャイムを押す。

「はーい。どちら様ー?」
ドアが開く前に、家の中から女性の声がした。

そしてドアが開き、中から光輝の母親が出迎えた。

「あらまぁ、圭ちゃん?圭ちゃんなの?」
光輝の母は驚いた顔で、でも優しさが溢れる声で言葉を掛けた。

「おばさん。ご無沙汰しています。」
井上は会釈しながら言葉を返す。

「よく来たね。光輝も喜ぶわ。さあ上がって。」
そう言って入り口の扉を大きく開け、えみの方を見て優しく微笑む。

「はじめまして。真田えみです。」
光輝の母と目が合ったえみは、慌てて自己紹介をする。

「そう。あなたがえみさんね。来てくれてありがとう。」
えみと光輝の母は面識はなかったが、光輝の母にはえみが誰なのかが分かっているようで、えみの手をぎゅっと握り、家の中へと招いた。

「遠くから来てくれたんだから、先にお茶にしましょう。あとでゆっくり光輝に会いに行きましょ。」
光輝の母は、二人をリビングのソファーへと座らせる。

えみと井上はどこか落ち着かない気持ちでソファーへ腰かけた。

「こんなものしかないけど、ゆっくりしていってね。」
光輝の母は、二人に冷たい緑茶とお饅頭を出した。

三人で少し雑談をした後、光輝の母がその場から離れ、二人にあるものを持ってきた。

「これね。ずっと光輝の仏壇に一緒に置いてあったんだけど、やっと渡せるときがきたわ。本当にありがとう。」
テーブルに水色の封筒を置き、二人の前へ差し出した。
そのとき光輝の母の目からは大粒の涙がこぼれた。

「これはね。えみさんと圭ちゃんに光輝が書いた手紙なのよ。」
光輝の母の目からはさらに涙がこぼれる。

「え?」
えみと井上は驚いた顔でお互いを見る。

「もしも時がきたら、二人に渡して欲しいって光輝に頼まれていたの。」
そう言って光輝の母は、その場から立ち去った。

テーブルに置かれた手紙を見つめながら、えみと井上の時間は過ぎた。
光輝が生前、二人宛てに手紙を残していたという事実が二人にはまだ繋がっていなかったのだ。

「読んでみよう?」
手紙に手を伸ばして井上が話し出した。

「うん。」
心臓の音がえみの耳にドキドキと聞こえてくる。

井上は封筒の封を開け、中の手紙をえみと井上の間に持ってきた。