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「あ、あれ……!!
ない、ない!?」
これは今から二年前の高校一年の夏の頃の話だ。
「す、すみません……定期……落としたみたいで……」
「……はぁ。
あのね最近こういう手を使って運賃浮かそうとするお客さん多くてね、困ってるんだよ」
「……い、いやあたしは本当に定期落として……
せ、制服も着てますよ!
学生証もありますし……!」
「ほらいいから早く運賃払って貰える?
後ろもつまってきてるからさー」
電車通学の私はおっちょこちょいな性格が災いして元より心配されていた定期をなくすという事態を招いてしまっていた。
駅員さんに相談するも取り付く島も無い様子で。
食い下がっても仕方が無いと財布を取り出した……時だった。
「お言葉を返すようですけど、もし彼女の定期が本当にあったらどうするんですか」
「はい?」
「……へっ?」
スルリと横から伸びてきた綺麗な指に挟まれていたのは三ヶ月分一括で購入した私の定期だった。
「彼女、落としてただけですけど?」
再度、駅員さんに問う彼の口調は鋭くなった。
駅員さんはそれを聞いて咳払いをしたが何も言わず早く通れという仕草をした。
「……その前に彼女に言うことがあるんじゃないですか。
アンタ……それでも大人なんです?」
「も、もう……大丈夫ですよ!
あの定期……ありがとうございます!」
ただならぬ空気になりかねないと察知し彼の腕を引いて改札をくぐる。
もう皆さんお分かりの通り、彼こそが……
「ああいうのは最後にちゃんと謝らせなきゃダメだと思うけど?」
あの千里颯馬くんであったのです。
「ま、オレが偶然見つけたから良かったけど、もうなくすなよー?
湊麻帆!」
「は、はいいい……っ!」
定期に書いてあった名前を読み上げた颯馬くんは当時から彼女であった彩華ちゃんと合流して去って行った。
どうやら制服のシャツのリボンの色から同学年と気付いたようで初対面から颯馬くんの話し方は何も変わっていない。
いやまだ目を見て話してくれている方だったかな。
とにかくピンチを救ってくださった瞬間……
惚 れ ま し た 。
「……え、なにそれ。
あたしそんなこと別に聞いてないんだけど」
「あ、えっと……馴れ初めはとりあえずこんな感じで……」
「そんなことは興味無いの!
本当は颯馬と付き合いたいんでしょ?
だから毎日颯馬追っかけてさ。
何回も言ってるけどやめてくれない?」
それから慌ただしく時は過ぎて現在。
心配する柚那をよそに放課後、私の教室にやって来たのは颯馬くんの彼女、彩華ちゃん。
「……そ、そんな風に思ったことはなくて……
そ、颯馬くんみたいな人にあたしもなりたいって……それだけで……」
「それだけ?
それって颯馬が好きで手に入れたいってことじゃないの?
颯馬を好きな自分のこと美化しすぎなんじゃない?」
……美化……
そんなんじゃない……のに。
言葉で伝えようとすればするほど現状はこんがらがってしまう。
「颯馬くんは思ったことをすぐ言える所がすごいなって……
ダメなものはダメって言える所も尊敬するし……あとは……」
「もういいから!!
アンタの颯馬自慢を聞きに来たんじゃないの!
これ以上、颯馬と関わるなら……
覚悟決めといた方がいいよ」
声を荒げ、鋭い視線が飛んでくると蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまう。
マイペース故、人に呆れられることはあっても本気の怒りをぶつけられたことが無くて……
日頃どれだけ自分が非常識な行動をしているのかようやく身に染みて実感した。
「ご、ごめんね……。
もう……声も掛けないし追っかけもやめる……」
「それが当たり前のことだから。
よろしく」
バン!と二人しかいない教室の扉を思い切り閉めて彩華ちゃんは出て行く。
柚那を無理やりにでも帰してて良かった……
心配だけはかけたくない。
恋って……
叶わなくてもその人を想ってるだけで幸せなんじゃなかったっけ……?
どうして私今こんなに……颯馬くんを想うと胸が痛いんだろう……。
「こんなの……
こんなの恋じゃないよ……ね?」
一人きりの橙色の教室にその問いは静かに溶けて消えていった……



