午前七時半きっかりに、黒塗りの高級車が烏丸邸の門の前に停まる。


「早苗(さなえ)お嬢様、宏(ひろし)様がおいでになりました」


メイドの知らせに、寝ぼけ眼の私の鼓動が暴れだす。


私は彼女から学校指定の黒革の鞄を受け取り、「行ってきます!」と慌てて部屋から飛び出した。


「これっ、お嬢様!」と言う声は聞こえない振りをして、無駄に長い廊下を駆け抜けて行く。


玄関のドアを開けると、初夏に吹く風のように爽やかな青年が私を出迎えた。


「おはよう、早苗ちゃん」

「おはよう。お兄さま!」


満面の笑みで大きな声で挨拶をすると、目を細めて笑いかけてくれた。


お兄さまもとい長田(おさだ)宏は、名門K大学に通われている二十二歳の幼なじみ。
昔から私を妹のように可愛がってくれたの。


恋心を自覚したのは、小学校五年生の頃。お兄さまが沢山の女性から好意を持たれていると気付いたのがきっかけ。


お兄さまが私じゃない女性と交際や結婚をすると思うと胸に軋むような痛みが走ったのを鮮明に覚えている。


だけど、六つも離れているから私のことなんて妹にしか見てくれないだろう。


だから、私は本当の兄を慕うような素振りでお兄さまに甘えるの。