「と、言うわけでね……その。
委員会の会議終わらなくて紗奈今日は朔哉くんと帰れないって……」




─────────…嗚呼、私は何をしているんだろう。

何が楽しくて彼女の行動の報告を彼氏に、それもまだ好きな人に逐一しているのやら……。



「そっか。
じゃあ今日は帰ろうかな」

「うん……」



いや正確には困った紗奈の顔を見て放っておけなくて私が名乗りを上げたという訳なのだが。


客観的に見てやはり自分が情けない……。




「あ……。
そのキーホルダーまだ付けてくれてるんだ?」

「……っえ?
あ、あぁ……。
これ私のお気に入りだからねっ……」



立ち去ろうとした時、朔哉くんは思い出したかのように話を振った。

その度に嬉しくなるのに紗奈に対して後ろめたい気持ちがまとわりつく。


その気持ちを誤魔化すかのように私は通学鞄にいつも付けている黄色いカナリアのキーホルダーに手を重ねる。


当時はまだ紗奈と朔哉くんが付き合う前で私とよく話をしてくれていた。



「なんか懐かしいなー。
去年の誕生日にあげたやつだったねー」

「そうそうっ。
朔哉くん鳥好きだよねー」

「皆にはちょっと可笑しいねって言われるんだけどさー」


イケメンが鳥好きというのは今ドキ女子からすればズレているのだろうか?

特にカナリアが彼のお気に入り。

朔哉くんは私の誕生日プレゼントのためだけに色々と悩んで選んでくれた。



「最近は品種改良とかで色んな色が開発されてるけど。
オレはやっぱり王道の黄色いカナリアが好きかな」



さらに朔哉くんがくれたカナリアにはもう一つ意味があった。



「架奈とカナリアってのをかけてみたって言う今となっては恥ずかし過ぎる黒歴史なんだけど」



苦笑いするその表情でさえも今それが私に向けられたものだと思うだけで満たされる。

ココロの欠けた場所にピッタリと填まるかのように……。



「あたしは嬉しかったけどなぁー?
朔哉くんがあたしのこと考えながら選んでくれたのかーってっ……」



こんなこと……
彼女がいる人に言う言葉じゃないのに……。

期待するにはもう遅いのに……。



「そりゃー誕生日プレゼントだからさ?
架奈に少しでも喜んでもらえるようにって一番に考えてたよ?」




紗奈と付き合う前の朔哉くんと話している錯覚を起こしてしまう。




「でも、そーいやお返しは貰ってなかったけどー?」



ちょっぴり意地悪そうな顔をして問い掛けてくる朔哉くん。


……お返しは一応考えていた。

でも、もう……その時には朔哉くんの一番近くにはいなかった。

私じゃなくて……紗奈がいたから。



「い、一応は考えてたんだよー?
でも紗奈に怒られるかもって……っ」




冗談めかしてそう言いながらも一人で内心傷付いて。


全てを無くしてまでも奪い取る勇気も無いくせに悲劇のヒロイン面をしたがる自分が自分で嫌だった。


誰かを好きになるって……
自分の醜さとも向き合うことなんだ。

気付きたくない欠点が自分の中にも沢山あった。



「紗奈なら怒んないよ?
相手が頭の上がらないお姉ちゃんだしね~」

「……や、やっぱりそうかな……?
あ、ははは……っ」




……心配性でヤキモチ妬きな紗奈だから……

きっと怒ってた。

ずっと紗奈を近くで見てきたから分かる。


三姉妹一可愛い顔だから周りの男子は紗奈を放っておかなかった。

過去に手酷い恋愛も経験してそれを越えて今、彼に大事にされ、彼を大事にしている。

そんな幸せを臆病者の私が奪えるはずもない。

傷付く勇気も責められる覚悟も私には到底無い。

私は結局ありふれた人間の一人にしか過ぎない。
はみ出す勇気も無く集団の中にいる特別味の無い人間。

ありふれたこの黄色いカナリアのような。
何か特別な才能や魅力があるわけでもなく……。



「で、何を考えてくれたの?」

「えっ……?」

「誕生日プレゼントっ」

「あ……それはーですね……」



実は朔哉くんがくれたキーホルダーの色違いを偶然見つけてそれをプレゼントしようと思っていた。

青いカナリアのキーホルダーだ。

だが紗奈のことを思うと到底渡せなくて捨てることも出来ないまま今でも家にそのキーホルダーは居座っている。



「な、内緒……であります……」

「えー」



不満げな声を漏らす朔哉くんを黄色いカナリアのキーホルダーでガードする素振りをする。


彼女でもある妹の手前渡せなくてー。

なんて……言えるわけないィィィ!



「教えてくれてもいーじゃんー」

「ダメですー……っ!」



……本当はその時に告白するつもりだったのですが。

しなくて良かったと今は心から思う。

恋愛のゴタゴタは今まで築き上げてきた信頼をいとも簡単に壊してしまうから……。



「ちぇー。
架奈のケチ」



そう言って……私の額を朔哉くんの長い人差し指がピンと弾く。


触れた所はほんの少しだけなのに……

一瞬で全身に熱が広がるようで……。
もっと……って欲張りになりそうになる。



「あ、あのね……朔哉くん……」

「ん?」

「あ、あたし……っ
朔哉くんのこと……」



“朔哉くんのこと……嫌いじゃないよ”



「朔哉せんぱーいっ」

「さ、紗奈……っ!」



精一杯の私なりの告白も届けられないまま朔哉くんに声をかけたのは何と紗奈だった。



「さ、紗奈……委員会は……?
大丈夫なの……?」

「うんっ。
もしかしたら間に合うかなってダッシュで終わらせてきましたーっ!」

「そっ……そっか!
良かった良かった!」

「わざわざ伝えてもらったのにごめんね、お姉ちゃん」


ペコリと一礼する紗奈。

ちゃんとお礼を言ってくれるこんな一面があるから憎めないし、何でも引き受けてあげようとも思ってしまう。



「いーっていーって!
ほら、早く朔哉くんと帰りなっ?」

「うん!」

「架奈……さっき何か言いかけてた……」

「んっ?
あ、何でもない何でもない!」



二人の背中を押して半ば強引に見送る。



「なーにが良いだっつーの」

「いたっ……あ、奏汰……」



後ろから頭を小突かれて声のする方を振り返れば奏汰がいた。


「もう……また奏汰かー。
あたしのストーカーですかー」

「ちげーよ。
紗奈ちゃんが急いで走ってたからまさかと思ってここ来たら架奈もいたって訳」

「はいはい。
ストーカーは皆そう言うんだよー」


言わねーだろ!という奏汰のツッコミを華麗にスルーする。

離れ行く二人の楽しそうな後ろ姿をただじっと見つめながら……。


「……はぁ。
ねぇ、奏汰……あたしさ……」

「……なんだよ?」

「……やっぱりまだこんなに……
朔哉くんのこと……好きなんだよね……
ほんと……笑える」

「確かにな」

「……うわー、そこはフォローとかしてよ」

「オレも一緒だっての」

「え……?」



キイロカナリアの小さな恋は……今日もまた叶わない。



「オレも誰かさんと一緒で哀しーぐらいの片想い中だっての」



【END】