-カランカラン

「またお越しください」

店長の声とドアの鐘の音が、優しく店内に響き渡る。
私は、分厚い本を閉じた。
あれから1年弱。
店長のコスチュームも、私と店長の関係も、私が店長を好きだという心も、何一つ、変わっていない。

「また、二人きりだね」

店長はカップを片付けに窓際へと歩いていった。
さっきのお客さんでテーブル席は皆いなくなった。
カウンター席に座るのは、私だけ。

「店長、バイトとか雇わないんですか?」

このお店が開店してから、今年で1年。
私が店長にあった日が、たまたまこの、『もみじの喫茶店』の開店日だったそうだ。
でも、店長はいつも一人で切り盛りしている。

「そろそろ考えようかと思っているんだけど……」

ほらまた、苦笑い。
そうやって笑えば、はぐらかせると思っているところが店長らしい。

「なにか不都合でも?」

一瞬私の方を見てから、小さくため息をついた。
洗い終わったカップを拭いて棚に戻してから、新しい珈琲豆を取り出して珈琲を淹れ始める。

「ここの珈琲を、気に入ってくれている子がいいんだ。誰でもいいって訳じゃない」

やっぱり、店長のこだわりがあるのだろう。
このお店を見ていれば、何となくそれはわかる。
私のカップにおかわりを注いでから、店長はもう一カップ取り出して珈琲を淹れた。

「それは、難しいですね」

「そうなんだよ」

店長は珈琲のはいったカップをもって、何の躊躇いもなく、私のとなりに腰かける。
心臓が爆発しそうなほど胸が高鳴った。
今まで店長とこんなに近づいたことなんてなかったから。
体温が上がっていく。

「ほらみて」

店長が私の肩を叩いてから、窓を指差す。
冷静を装って振り返ってみる。

「わぁ、きれい」

そこには、風に揺られ舞う、紅葉の葉があった。
昨年よりも真っ赤に染まり、夕日の光を浴びて燃え上がるように輝いている。
店長は、顔をくしゃっとゆがめる、満面の笑みで私を見た。

「僕、紅葉が好きなんだ」

私の顔は、一瞬で真っ赤になってしまった。
店長は、心配そうに私のことを除きこむ。

「私も、紅葉好きですよ」

そう返すので精一杯だった。
1年間ずっと、店長のことがすきで、でも店長は私なんて眼中になくて。
それでも私はやっぱり、店長のことがすきなんだ。
もう片思い歴1年。一歩踏み出してみるのも悪くない。

「店長」

「ん?」

「私、ここでバイトしたいです」

店長の驚いた顔。
歳のさなんて関係ない。高校を卒業したら、告白するから、それまで待ってくれますか?
少しでも近づけるように、頑張りますから。

「秋葉ちゃんになら、是非お願いしたいな」

「え!本当にいいんですか?」

「うん、本当」

まるで待っていたかのように、店長はまとめてあった書類を持ってきた。
高校名や電話番号、メールアドレスを記入していく。
時間帯や曜日を話し合って、二人で笑いながら決めていく。
二人だけの喫茶店は、夕方の時をゆっくり刻む。

「明日からよろしくね」

「はい!よろしくお願いします」

楽しそうな店長をみて、思わず頬が緩む。
『もみじの喫茶店』
初めて訪れたときから、ここは、私のための喫茶店のように感じた。足を止めたのも、看板が目に入ったから。それは、まだ店長には内緒だけど。
今日は好きって言葉を聞けたし、ちょっと幸せかな。

私は最後、書類に自分の名前を書いた。
「秋葉もみじ」と。