【完】溺れるほど、愛しくて。




風の噂で聞いていた。


“五十嵐ってやつが
すげー喧嘩が強い”という噂を。


興味もなかったから深く知りてーとも思わなかったけどよくよく思い出してみるとあの五十嵐は今俺の前にいる五十嵐のことだろう。


俺らは背中を合わせて目の前にいる先輩を次々と死なねー程度に殴っていく。


数十分後、ヤツらはハァハァと息を切らしながら逃げるように俺たちの前から去っていった。


ドサッと空き地のど真ん中で寝転がった五十嵐。


俺もその横であぐらをかいて座った。



『はぁー、疲れた』


『お前、噂通り喧嘩強いんだな』


『え?俺の噂なんて知っててくれてたんだ』



驚いたように目を丸くしながら、それでいて嬉しそうに頬を緩め言った。



『…別に勝手に耳に入ってきただけだし』


『もー、お前ってほんと素直じゃねーな!』



バンっと背中を軽く叩かれる。


普段なら怒って締めているけど、今はそんな気持ちは一切なくて、ただの五十嵐といる時間が楽しくて仕方なかった。


こんなに気持ちのいい喧嘩は初めてだった。


いつもは黒い気持ちで人を殴っていたけど今日は五十嵐を守りたい、それだけだった。