……確かにあの日の優哉は……

見るもの全てを拒むかのように私からも目を逸らした。



「……あの時の優哉さ……
怖かったけど、何でか放っておけなかったんだよね……」



だから私は彼にこう言った。



「優哉に見せてあげる。
あたしが見ている世界を」

「凛のその言葉……
オレにとっては人生で一番ってぐらい嬉しかったんだからなー?」

「またまたー?」

「本当だってのーっ。
同情なんかじゃない凛の言葉と行動にオレはまだ……生きてたいって……
思えたんだよ……」

「ど、どうしたの、急に……。
いつもはそんなこと言ってくれないのに?」



微妙にいつもと違う空気に私は反射的にヘラヘラとしてしまう。

でも優哉は真剣にじっと……
私を射抜くように見ていた。

さざ波すら立たないような静かな瞳で……



「伝えたいから伝える。
オレにはもう……今しか無いから」

「……っ優哉……」

「ありがとうな、凛!
お前は本当に……良い奴すぎる!」



良い奴すぎる、なんて。

あたしはそんな言葉……勿体無い。

優哉よりもきっと欠点だって多いのに。
褒められるような出来た人間じゃない。



「……あたしはそんな……良い奴じゃないよ。
褒められるほど出来た人間でもないし」


優哉は……
あたしの本当の気持ちを知ったら……


怒るかな……?

それとも

哀しむのかな……?


─────────…貴男が好き。


その気持ちを……。



「だからー、凛は自分に厳しすぎんだって?
人間誰でも完璧に出来た奴は居ないだろ?
たまには自分で自分を褒めてやる!
大事なことだぞー?」



でも優哉には伝えないと固く決心した。

沢山悩んだ。

悩んだ末、優哉の重荷には絶対なりたくなくて。

自分だけが此処にしまっておけばいい。



「って説教じみたことはやめるかっ……」

「……ねぇ、優哉……
顔色悪いよ……?」

「……た、大したことねーよ?
ちょっと眠いぐらい……かな……」

「じゃあちょっと寝た方が……」

「んじゃオレが寝るまで……
手、貸して……?」



そう言った優哉はするりと私の手を春風が滑るように優しく浚っていく。

温かい鼓動が……確かに伝わって。



「……優哉が感じる痛みも不安も……
ここから……伝わればいいのに……っ」

「そんなことしなくていーんだよ。
伝わるなら……楽しいことの方がいい」




目を閉じた優哉は静かにそう言って哀しそうに笑った。


やっぱり……この透明な空間は居心地が良い。

ふたりぼっちのこのままで……。

時が止まれば……いいのに。



「おやすみ、優哉」

「……」

「……優哉っ?」



しかし……

私の声に返事をしたのは優哉の声では無かった……


「う、そ……嘘でしょ!?
ねぇ、優哉……!」


無機質で一定な心電図の音が耳を掠めていく。
それは優哉の鼓動が止まった証……


震えの止まらない手で急いでナースコールのボタンを押す。

何回も何十回も祈った。
優哉がまた目を覚ましてくれる現実を……



「……十七時七分。
ご臨終です」

「……嘘……っ」



だが残酷にも私にそう告げた医師は優哉の家族と話をするために立ち去った。



「……ねぇ……優哉?」



もう彼が目覚めないことは……分かっているのに。

優哉はただ眠っているだけのように見えて……

もしかしたら目を覚ますんじゃないかって……



「……そんな、あんまりにも突然過ぎるよ……っ!」




優哉は、いとも簡単に私を置いていってしまった。


その瞬間、優哉は私の永遠の片想いの相手に変わってしまった。

好きだと伝えないことを後悔した訳じゃない。


ただ優哉がいないこの世界に涙した。

世界はまた……

灰色に包まれる…────────




【END】