僕は、具体的な策が浮かばないまま、帰宅した。

 とりあえず、一番古い付き合いの、仲の良い編集者に電話してみる。

「畑中です。ご無沙汰」

「ああ、先生、お久しぶりです」

 しばらく雑談を重ね、原稿の依頼をされそうになったため、慌てて話を切り替える。

「実はね、学生にこういう子がいてね」

 実名を出さないまま、かいつまんで経緯を話すと、編集者はすぐに思い当って、

「ああ、尾崎先生ですね」

「そうだよ、なんとかならない?」

「いや、あの先生のご機嫌を損ねるのは、私でも嫌ですよ」

 無理もない。
 出版不況の今でも、映像化がコンスタントに見こめる稀有なベストセラー作家だ。

「ウチでも、いくつもヒット作を出していますし、有難い存在なんです」

 僕よりも、か。
 もちろん口には出さないが。

「その方は、気の毒だと思うんですけども」

 やはり彼女に同情的なのは、いろいろと似たような話をきいているからだろう。

「文学界における損失となるかもしれないんだよ」
 などと、いろいろ押してみるが、うまくいかない。

 仕方ない。
 本が売れない時代なのだ。

「畑中先生、やけにその子にご執心ですね」

 一本取られてしまった。

「ウチの学生なんだから、しょうがないだろう」

 冷や汗をかきそうだ。

 押し問答を繰り返し、バッテリーが尽きたため、断って電話を切る。

「もうちょっと、頑張ってみようか」

 天井に向かってつぶやいて、

「よし」

 腹を決めた。