第七話 仮面の下は

一週間後、彩七は舞桜楽氏と共にとある店へと足を運んだ


ーチリンチリン

「…おや、舞桜楽くんじゃないか!」

「やぁ、久しぶりだね」

舞桜楽氏と中にいた亭主らしきおじいさんが握手を交わす

「…その子が今回依頼してくれた一人かい?」

「そう、彩七さん。
もう一人は少し遅れるらしい」

「そうか…それじゃあ彩七さん、早速だが出来上がったものを見てみるかい?」

優しい笑顔の彼が彩七に問う

「良いんですか?!ぜひ!」

彩七は話をもらったあと、色々勉強していくうちに、この面にとても興味を惹かれた

「実際に会ってみて、確信したよ
…君にこの色が一番似合うってね」

亭主が彩七に差し出した面

ぱっと見、トランプを連想させるような仕上がりの面は中央で白と赤にベースが分かれていて。

よく見ると、金色の細かい装飾がいくつも入っており、その一つ一つはまさに職人技だった

「…私、お話をもらってから色々と調べたんですけど…これは目元だけを覆うタイプなんですね」

「本当は顔全体を覆うものでも良かったんだけどねぇ…

舞桜楽くんが、どうしてもこっちが良いと言ってね」

「先生が…?」

不思議そうに舞桜楽氏に視線を移す

「いやぁ。

せっかく教え子がこうやって来てくれるのに、全部隠すのは勿体ないじゃないか
君は今までに無いほど、バイオリンの腕が立つ

それは、兄である亜門くんに負けないくらい」

「兄上様にも…」

兄よりもと言われたことが、彩七は素直に嬉しかった

「…ところで君のバイオリンは特注だと聞いたんだが、どんなものなんだい?」

「あぁ…とても、大切な宝物なんです。
色は母が好きな深紅の薔薇の色をしていて…あの子が奏でる音色は、本当に素晴らしくて」

彩七が嬉しそうに語りだすと、亭主も嬉しそうにうんうんとそれを聞いた

「…君の情熱、確かに受け取ったよ

君の話を聞いて、少し面に手を加えたくなったんだが…いいかい?」

亭主はつける人のイメージを忠実に再現したいらしく、彩七も快くそれに応じた

「後日、また出来上がったら連絡をするよ

素敵なバイオリン、それに合うものを必ず贈ると約束しよう」

亭主とすっかり仲良くなった彩七は機嫌を良くし、店を出た

「悪いんだけどこの後授業が入っててね。ここでお別れになるけど…大丈夫かい?」

たくさんの生徒を持つ舞桜楽氏

忙しいのは昔からだと彩七も知っていたのでその場で解散となった


「…さて、それじゃあ帰りますか」

「…彩七?」

「え?」

名前を呼ばれてぱっと振り向く

「零さん!」

そこには白いTシャツにジーパンというラフな格好をした零がいた

「お前こんな所で何してんの?
お前ん家からここ結構離れてるけど…」

「今度の舞台の件で用事があって」

にこにこする彩七

対する零は聞き慣れない言葉に興味を示した

「舞台?…お前、役者とかなの?」

「あぁ、いえ!そういうのじゃなくて!

…私、元々バイオニストで。
バイオリンを色々な所で弾いていたんです」

「弾いてたって事は…今はもう弾いてねえの」

「ずっと弾いてなかったんですけど…たまたま恩師から出演のお話を頂いて。
本番は一ヶ月後なんですけど…あ!」

彩七は思いついたように鞄を開く

「もし良かったら、零さんも来ませんか?
クラシックとかに興味なくても先生の公演、とても面白いので楽しめると思うんです!」

持っていたパンフレットを零に手渡す

「…へぇ、結構本格的なんだな」

「はい!…昔は、私もよく先生の主催する舞台でよく演奏させてもらって。

久しぶりなのでしっかり練習しなきゃですけどね」

あはは…と笑ってみる

しかし直後、一瞬だけ、彩七の笑顔に影がさした

「…彩七、今から少し時間あるか?」

「私ですか?構いませんが…」

「…少し俺に付き合え」

零に連れられてやって来たのは…

古民家沿いにある、小さなカフェだった

「…ここなら滅多に人来ないし、俺らみたいなやつらも来ないんだ」

零がブラックコーヒー片手に言う

「…でも私、ここの雰囲気すごく好きです」

甘いカフェラテの香りと木の懐かしい匂い

静かな店内に流れる優しい音楽が、二人を包むようだった

「…単刀直入に、お前に聞きたいことがある」

「…な、何でしょうか」

思わず身体を強ばらせる彩七


「…お前、一体何者だ」


零の視線は、とても鋭かった

「何者…って、普通の人ですよ」

何とか自分を落ち着けようと笑ってみせる

だが零の視線は揺るがなかった

「…俺たちが仕切ってるこの辺り、普通の人間は決して近寄らないんだ

何故か分かるだろ?

俺たちみたいなヤツらが多く集まる街だからさ」

「でも、だからと言って私がどうとかいうわけでは…」

「彩七」

弁解しようとする彩七の手に自分の手を重ねる

「…お前は一体、何に怯えている」

「…っ、!」


零は、気付いていた

会う度に、いつもどこかよそよそしくて

目を合わせようとしても、すぐに逸らす彩七

お節介や人助けの気持ちは強いのかもしれない

だけど、自分の事はほとんど話さない

…それに

零の重ねた手の下の手は

小さく、震えていた

「…言いたくないなら、無理に話さなくていい

だけど、この街にこれからも居るつもりなら気をつけておいた方がいい」

「…」

「…俺らは、みんながみんなお前に優しいわけじゃない」

しっかりと、その声は彩七に届いた


「…零、さん」

しばらくの沈黙の後、彩七が口を開く

「…詳しくは言えないんですけど…私の話、聞いてもらえませんか」

「…あぁ、勿論」

小さくふっと笑い、零は彩七の手を握った


彩七は、少しずつ零に話をした

自分は追われている身である事、

ある目的のために、家を出てきた事、

先ほどの場所に居た理由…


多くは語れないが、出来るだけ零に伝えようと彩七も言葉に気をつけながら零に話した

「…今話せるのは、このくらい、です」

「…そうか」

カチャン、と零がコーヒーカップを置く

「彩七」

「…はい」

俯く彩七の顔をあげる零

「…俺が守ってやる」

真っ直ぐに、彩七の目を見つめた


「…まも、る…?」

思考が追いつかず、混乱する彩七

「…お前が抱えてるもんがどれだけの物か、俺には想像つかない

だけど、こうやって話してくれたんだ
俺にも、お前を守らせてほしい」

零は決意した

そして、ある事に気付いた


自分は、彩七に惚れているのだと。

恐らく一目惚れだろう

らしくないと感じ、零は小さく笑う

「…迷惑なら、深入りはしない

だけどもしお前が、俺を必要とするなら、俺はお前を守ると誓う」

「零、さん……」

彩七は嬉しさで胸がいっぱいだった

両目からは、涙が止まらない


「…お前に惚れた俺の負けだ」


そう言って、無邪気に笑った


「…ねぇ、まだ終わらないの?」

女王のようにふんぞり返る女の前で、沢山のモニターを前にキーを打つ男

「姉御、もう少しで解析完了するので…!」

男一人では足りないのか、しびれを切らしていた女は他にも数人男を呼んで手伝わせた

「…!姉御、見つかりました!」

「…結果は?」

「間違いないです。…黒です」

男の言葉に、女はニヤっと口角を上げた

「…まさかこんな所に居るとは思わなかったねぇ


……“彩七様”♡」

赤い着物を翻した女は部屋を出た

「…あぁ、私。…うん、今から向かうわ」

女は電話をかけると即座に外につけていた車に乗り込む

「…ギルドまで」

「かしこまりました」

運転手は猛スピードで車を急発進


一時間後、とある大きなホテルに着いた

「お迎えはどうなさいますか、“春奈幹部”」

女はしなやかなその髪をかきあげ、妖艶に告げる

「今日は報告ついでに泊まるわ。

…あの子達には例の件について、引き続き調べ上げるようお願いね」

サングラスをかけて車を降りた春奈

専属のホテルマンが彼女を迎え、目的の最上階へとエレベーターで上がった


「…やぁ、久しぶりだね」

「相変わらずお美しくて、惚れ惚れしますわ」

春奈はサングラスを外し、玉座のようなソファにこれまたふんぞり返る彼にすり寄った

「…ホテルマンからの連絡で君が来ると知って、会いたくなったんだ」

「…嬉しい。

でもあなたは私が目当てじゃないでしょう?」

寂しげな顔で彼を見上げる

「分かっているなら話が早い

…見つかったんだろう?俺の可愛い“妹”が!!」

男はこれ以上無いほど興奮した様子で春奈を抱き上げる

「はい!…私が見つけたんですもの、それなりのご褒美はしてくださいますよね?

…“マスター”♡」

春奈は、この男に完全に溺れているようだった

「…二人の時は“凛翔”と呼べと言ったはずだが?」

悪戯っぽい顔をする彼もまた、春奈をときめかせた

「聞かせてくれよ

…我が妹、の哀れな姿を」

奥のVIPルームへと二人はそのまま消えていき、それ以上の会話を聞いた者はいなかった