第十六話 チェックメイト

同時刻

由里子と明香沙がいる部屋でも同様に、乱闘が起きていた

「…ったく、しつこい人たちね!」

由里子が夢中でリボルバーの引き金を次々と引く

「おぉ、こわ。
美人さんがそんな物騒なもの振り回してちゃ、勿体ないぜ?」

一人が由里子へと真っ直ぐ突っ込み、もう一人が逆サイドから挟み込む

「甘い!!」

しゃがんだ由里子の横からSPらしき男が二人現れる

「うひゃー…こりゃまた面倒な事に」

「どうする?まとめていっちゃってもいいかな?」

「いいんじゃね?…いっちょ派手にやってやろーじゃねーか!」

「この愚民共…その愚かな脳みそ、叩き割ってやるわ!!」

由里子の合図と共に、乱闘は激しさを増した


「…っ、」

由里子が戦闘に夢中になっている頃

解放された明香沙は身体を引きずるように部屋を出ていた

「…っ、あの化け物女…絶対、許さないんだから…っ!!」

刺されたままの左胸を庇うように進む明香沙

ふと目の前に、二つの影が見えた

「…っ、!!」

そこには、見慣れた顔があった

「あ…彩七…?!」

「明香沙姉!!?どうしたの、その怪我…!!」

迷うことなく明香沙に肩を貸して身体を起こす彩七

「とりあえず医務室!誰かいるだろうし…行こう、明香沙姉!」

「…待て。近くで騒がしい声がする」

「…由里子姉さんと何処かの暴走族みたいな奴らが乱闘起こしているのよ」

明香沙が大きなため息をつきながら言う

「暴走族…ね」

「十中八九、零さんのとこの人たちね」

くすりと笑う彩七

「なっ…笑い事じゃないのよ?!
あんな物騒な連中にー…あの化け物女、やられちゃえばいんだわ」

恨みがましく言い放つ明香沙

「…取り敢えず、医務室行こう?ね?」

「……う、ん…」

返事をしたかと思えば…

「ちょ、明香沙姉?!」

明香沙は、意識を失った

「…無理ねえよ。そんな大量に出血して、よく今まで意識保ってたよそいつ」

俺が担ぐよ、と零が明香沙を抱き上げる

「…」

「…?なんだ?」

「…こんな時に言うのは不謹慎かも知れませんが……」

ぷくーっと頬を膨らます彩七

「…何だかちょっと、妬けますね」

「…っ、!!」

不意打ちのデレに零は対応出来ず…

「…馬鹿なこと言ってないで行くぞ」

彩七に背を向けて、足早にその場を去った


「…もう出てきていいですよ」

亜門がしばらく空を見つめたあと

部屋の隅から、母親がおずおずと出てきた

「…私、本当に母親失格だわ
財閥の権力維持のため、子供たちのため…そうやって仕事を言い訳にして、海外を飛び回ってろくに家にも帰ってこずに…

あなたを含め、みんなには寂しい思いをさせてしまったのね」

悲しそうな顔で亜門の車椅子を起こす

「…だけどそれは、必要な事だったと思いますよ」

「…え」

「だってお二人が俺らのためにそうやって頑張ってくれていなかったら

今の宮内財閥は、存在しませんから」

「亜門…」

静かに目を閉じる亜門

外からは涼しい風が静かに吹き込む

「…一つ、お話があります」

「…何?」

「…一度、出直してくることにします」

「出直すって…あなた一体何を…」

不安げな母親を見上げ、くすっと笑う亜門

「…負けましたよ、彩七に

あんなに力強い瞳で迫られちゃ、誰だって引くしかないでしょう

それに、一緒にいた有島零…彼もまた、彩七と同じ強い瞳をしていた

あの二人の絆は、どんなに財力があったとしても…敵わないんだろうな」

羨ましいよ、心の底から…

「亜門…」

もう一度、やり直せるだろうか

「…偽りの俺は、捨てる必要があるようです」

静かに微笑む亜門は、とある人へと電話をかけた


「ああもう!これじゃあ埒が明かないじゃないの!

あなた達、ちゃんと仕事しなさいよ!!」

由里子が激昴する中、乱闘はさらにヒートアップ

「…ったく、倒しても倒してもキリないなこれ?!」

「幹部たちは丁度別の仕事で来れないっていうし…結構際どいぜ、今回」

零の部隊が苦戦を強いられる中

開け放たれた扉から、声高らかに聞き覚えのある笑い声がした


「こーらあなた達!ちゃんと給料分の仕事はしなさいよね!」


現れたのは、春奈だった

「さ、榊幹部?!」

「どうしてここに?!」

「ふっふっふ…まあとある人から連絡貰ってね〜

応援に駆けつけちゃいました☆」

さあ…始めるよ!

春奈の口角がキュッと上がる

瞬間

「…遅い」

「ぐはぁっ!!」

「ぬあぁっ!!」

「…っ、?!」

由里子の側に控えていたSPが二人同時に薙ぎ倒される

「…っ、あなた一体…!!」

「…ふう、手応えないなぁ」

ストン、と着地する春奈

しかし周りには数十人のSPが円で囲むように春奈を囲んだ

「も〜…趣味悪いなぁ、お兄さん達」

赤い花魁を翻し、誘うように襟元を緩める

「…これでどうかしら?」

SPたちの動きが止まったその瞬間を、春奈は見逃さなかった

「見とれてちゃ話にならないわよ!ほらっ!」

春奈の声とともに、他の部隊たちも一斉に動き出す

「な…何なの…何なのよ、これ!!」

後ずさりする由里子

春奈はそれに気付き、由里子の目の前へと降り立つ

「ひっ…!!」

「…あなた、宮内財閥長女の由里子ね?

顔は本当美人さんなのに…性格ブスすぎて可哀想。っていうか勿体ない」

「なっ…!!」

ニコッとする春奈に怒りがふつふつと込み上げる由里子

「あなたねぇ…今ここで、その生意気な口が二度と聞けないようにしてあげる!!!!」

両手にリボルバーを構え、春奈の前に立つ由里子

「…二刀流?やめた方がいいわよ、戦い慣れしてないのにそんな事するなんて」

「それはどうかしら?」

瞬間

春奈の胸元目かげて弾が二発打たれた

「…」

しかし

「…っ、なに?!」

素早くそれをかわした春奈は高く宙を舞っていた

「…あっぶないわねぇ〜それ、実弾じゃない」

冷たい瞳の春奈が由里子の上に跨るように降り立つ

「…これでもまだ抵抗する?」

馬乗りになった春奈は由里子の両手首を後ろ手に縛る

「ぐっ…!!」

「ほーら、あなた達も!

あなた達の雇い主、私が捕まえちゃったから。
もう無駄に戦うの辞めましょーよ〜」

春奈の声で、乱闘は静まり返った

「…さて、クライマックスといきましょう!」

春奈の笑顔に、部隊たちから歓声が上がった


ピッ…ピッ……

有翔が眠る病室に、一人の男がやって来た

「…来たか、凛翔」

父親が開いたドアの方に、背中を向けたまま話しかけた

「…有翔はまだ、目を覚ましてはくれない

意識も、まだ戻っていないんだ」

「…そっか」

何だか見ることが出来なくて、ふいと目を逸らす凛翔

「…凛翔」

「…はい」

…絶縁でも、言い渡されるのだろうか

それだけの事をしたんだ

当然といえば当然、か…

凛翔の脳裏に、先ほどの彩七たちの光景が浮かぶ

「…」

「…辛かったな」

「……え?」

父親から出た言葉は、とても意外なものだった

「…先ほど亜門から、全てを聞いた

お前たち兄妹は、色んな勘違いや思いが絡み合って…こんな事になってしまったんだと」

「何、言って…」

「…幼いお前たちを日本に残して、その時に必要だった愛情を十分に注いでやれなくて…

本当に、すまなかった」

凛翔に向き直った父親は

深々と、頭を下げた

「…っ、」

予想外の事態に、頭がついていかない凛翔

「…有翔が目を覚ましたら、どうしても、伝えたいことがあったんだ」

「伝えたい、こと?」

「…彩七を。

彩七を外の世界に出してくれて…ありがとうと、言いたいんだ」

「…っ、?!!」

その時の父親は、とても優しい顔をしていた

「あの子のためを思って学校にも行かせなかったが…

やはり、あの子は世界を知るべきだった
勿論、お前たちも」

そう言って父親が黒い鞄から取り出したのは

だいぶ年季の入った、小さなアルバムだった

「…海外飛び回っていた頃、使用人たちが私たちに送り続けてくれたものの一つなんだ」

そこには

幼い日々を綴った、

兄妹たちの写真だった

「…どれもみんな、笑って…る…」

凛翔の声が震え出す

「…仕事で忙しい分、こちらは気にしなくて良いと
気を使ってくれたのだろうな

私たちにとってこれは、何よりの宝物なんだ」

「…っ……!!」

凛翔は何も言えず…

その場で、大粒の涙を零した


愛がないなんて、嘘だった

本当はみんな、知っていたんだ

心のどこかに、こんなにも暖かい愛があったということを

「…俺…おれ、は……」

膝から崩れ落ちる凛翔

「…凛翔、何度でもやり直せる

今からでも遅くない
私たちと一緒に、やり直そう」

父親の肩に抱かれ、凛翔は泣き叫んだ


「…ふう、一応これで全部片付いただろ」

医務室に辿り着くまでに、多くの警備員やSP達をこてんぱんにしてしまった零

「…後で怒られないかしら」

「その時はその時だろ…って、」

げ。と嫌そうな顔をする零

視線の先を辿ると…

「彩七ちゃん!零くんも!」

そこには見慣れない姿をした、赤い花魁姿の春奈がいた

「もう、探したよ二人とも〜!
…って、あれ?彩七ちゃん?鳩に豆鉄砲くらったような顔してるけど…どうかした?」

「…お前の姿に驚いてんだろ」

零が春奈の姿を指さす

「あぁ!ごめんね、これが私の正装なの!」

せ、正装…

「それよりその子どうしたの!
早く処置しないと!!」

「…よし、後は頼んだ。春奈」

「任せて!…って、えぇ?!」

ちょっと!待ちなさいよー!!

叫ぶ春奈を後ろ手に、零は彩七の手を引いて来た道を走り出した

「れ、零さん…?!」

「長居は出来ない。…早くここを出るぞ」

「…はい!」

零と長い廊下を駆け抜けて…

走り抜けた先は、大きな庭園だった

「…なんだ、ここ」

「うちの大庭園です。
お母様がお花好きで…とても綺麗な花が沢山あるでしょう?」

嬉しそうに彩七が零の手を引く

「ほら、早く早く!」

とびきりの笑顔で前を走る彩七

その顔は、なにか吹っ切れたような…

迷いを感じない、輝く笑顔だった

「…あぁ、綺麗だな」

「?何か言いましたかー?!」

既に離れたところまで進んでいた彩七には、聞こえなかったようで…

「…何でもねえよ」

ポケットに手を突っ込んだ零が、ゆっくりと彩七の方へと歩き出した