第十四話 そこにあるはずだった絆

「…ねぇ、ノア。覚えてる?」

鉄格子の向こうで足を鎖で繋がれた虎に、彩七が語りかける

「私…あなたが家に来た日、思い出した
どうしてこんなに大事なこと…忘れていたんだろう」

静かに威嚇を続けるノア

猛獣と化したノアは、聞く耳を持っていなかった

「…辛かったよね、悲しかったよね
こんな暗い中に何年も一人閉じ込められて……」

鉄格子に頭をもたれ、涙を流す彩七

「…遅くなっちゃったけど…私、絶対にあなたも救うわ

またあの日みたいに、一緒に遊びましょう?」

スッ…と

彩七は自分の手を鉄格子の中へと差し出した

「…っ、彩七!危ねぇ!!」

零が走り出した

「零さん、私なら…大丈夫」

にっこりと、微笑む

「…ノア、おいで

暗い中にずっと閉じ込められて…怖かったね」

彩七の真っ直ぐな瞳に、ノアの様子が変わる

「…思い出した?

私よ、彩七。あなたの…お友達」

不思議なことに

それまで敵意をむき出しにしていたノアが…

牙を彩七に向けるのをやめ、その場に座り込んだ

「…ノア」

ほっとしたような彩七に、ノアはゆっくりと歩み寄る

「…もう大丈夫。大丈夫……」

擦り寄ってきたノアの額を優しく撫でる

「…ふふっ、いい子ね。ノア」

愛おしそうに彩七を見つめるノア

「…零さん、助けたいものがいっぱい出来ちゃいました」

えへへ…と零を振り返る

「…お前、やっぱおもしれーわ」

零が出会った時のような笑顔をした

「…」

「それで?兄貴の方はどーすんの」

凛翔に視線を向ける零

「…俺は、有翔や亜門兄さんに手をかけた

もう、生きていく資格なんて……」

「凛翔兄」

静かに彩七が歩み寄る

「一度間違いを犯したのがなによ!

…何度だって、ここからまたやり直せるわ

それに…」

横髪を耳にかけ、凛翔と目線を合わせる

「有翔兄もきっと、ちゃんと分かってる」

「っ、!!」

彩七の言葉に、顔をばっと上げる

「…だって凛翔兄、優しいんだもん」

有翔にこうなってほしくなかったから

由里子から有翔の裏切りを聞いた時

真っ先に守らなくてはいけないと、直感で感じた

『まあ別に…有翔一人だめになっても有翔には奥さんや子供がいるし

そっちを教育し直せば何とかなるわ』

由里子は、全く悪びれた様子もなくそう告げたらしい

「…俺…お、れ…っ……!」

凛翔の瞳から、大粒の涙が溢れた

「愛のない家族なんて思ってたけど…ちゃんとあったんだね

わたしたちにも」

嗚咽混じりに凛翔が小さく頷く

「…凛翔兄、終わらせよう」

彩七の声は、力強かった

「終わらせるって、お前まさか…」

凛翔が立ち上がった彩七を見上げる

「間違いだらけのこの家を

見かけだけの狂ったこの家を…

また一から、みんなで立て直したいの」

「…っ、」

「きっとそれは、簡単な事じゃない

でも…今の私たちなら、いける気がするの」

「…どこにそんな根拠があんだよ」

ふっと小さく笑った凛翔

「待ってて、凛翔兄

必ずまたここに戻ってくるから」

「…鍵探しが優先、だな」

零が既に突入している各部隊に連絡を入れる

「…各部隊に告ぐ

全員、地下牢の鍵を見つけたら至急知らせろ

それぞれの仕事をする途中で、鍵探しを頼む」

左耳につけた通信機のようなもので各部隊に告げた零

「…やっぱすげーわ、お前」

凛翔の言葉は、心からのものだった

「それじゃあ凛翔兄、私たち上に行くね!

鍵、絶対探し出すから」

「…待ってる」

凛翔と約束を交わし、零と彩七は元来た道を走り抜けた


「…ねぇ、亜門?

子供たちの声にしては…やけに騒がしくないかしら」

部屋の外の声は、明らかに大きくなっていた

「おかしいですね

今日は客人を呼んでいないのですが…」

子供たちも、今日は自分が対応出来ないからキャンセルを入れたはず…

「あ、ちょっと亜門!まだあなた動いちゃだめなのよ?!」

「ははっ、ちょっと外を見てくるだけです」

少しずつベッドから降り、車椅子へと移る亜門

「…やはり少し、痛みますね」

「ほら!…もう、大人しくしてなさい」

「…母親そのものですね、やはり」

亜門に毛布を掛ける母親に笑いかける

「…もう、亜門ったら」

和やかな雰囲気の部屋とは正反対に、由里子と明香沙は交戦状態だった


「…っぐ……!」

「ねぇ明香沙?…私そろそろこのプレイに飽きてきたんだけど」

明香沙の頭に足をかけたまま、自身はベッドに腰掛ける由里子

「あなたも痛いでしょう?…私の研ぎ澄ましたナイフがこんなにも深く突き刺さっているのに…

やはり、何年も伊達に鍛えてないわね明香沙」

「…っ、!!」

「…私もそろそろ飽きてきた頃だし

もう終わりにしましょう?明香沙」

そう言うと、由里子は枕の下から見覚えのあるものを取り出した

「…!それ…どうして…!!」

「…あぁ、これ?

凛翔が持ってたから、奪ってきちゃった♡」

由里子が左手に構えたのは…

凛翔が持っていた、あのリボルバーだった

「あの子、銃の使い方がなってなかったわよねぇ…

ほら、私みたいに実弾での練習全くしてこなかったし?
当たり前っちゃ当たり前なんだけどね」

ガチャ、と指を引く由里子

「んふふ…安心して?

あなたの家族は私がちゃーんと残さず…」

ぐっ、と明香沙の頭に乗せた足に力を入れる

「…食べてあげるから♡」

由里子がそう言った瞬間



ーーーバンッッッ!!!!



「…?!」

由里子が開け放たれたドアに目を見開く

「あれ、ここは何だ?」

「うわ、超修羅場なんだけど…」

現れたのは、零の部隊だった


「…っ、な、何よあなた達!!」

見慣れない男たちにリボルバーを向ける由里子

「おーおー…おっかない姉ちゃんだな、おい」

「もしかして、さっき零さんから連絡入ってた二人って…この人たちじゃねーの?」

「あぁ、二人姉がいるって言ってましたね!」

部隊の男たちが次々に口にする

「…あなた達、彩七の仲間?」

由里子が怪訝な顔をして問う

「仲間というか…まあ、そんな所っすね」

部隊の男たちが戦闘態勢に入る

「…悪いけど、女だからって手加減しねーから」

「組長助けてもらった恩人の頼みだ

てめーら、絶対ミスるんじゃねーぞ!」

部隊の隊長らしき男が先陣を切った

「突撃しろ!!」

彼の声で、部隊は一斉に部屋へ突撃した


「…始まったか」

零が由里子たちの元へ突入した部隊から連絡を受ける

「彩七、行くぞ」

「はい!」

外に出た二人は一階の空いていた窓から難なく侵入する

「…ここは?」

「えーと…あ、この先を上がった階段の最上階に、兄上がいます!」

使用人の部屋らしき場所から入った二人は部屋を出て、大広間へと出る

「うーわ…これ全部上がんの」

「…ここしか上に上がれる方法無くて」

それは、彩七の誕生日パーティでも使用した大きな螺旋階段だった

「…まじで映画の中だな」

「…行きましょう!」

零と彩七が颯爽と階段を登り始めた

その時だった

「…誰だ!!」

家の警備員が二人を見つけ、銃を構える

「ったく、どいつもこいつも物騒なものもちやがって!!」

「いや、零さんが言うんですかそれ…」

「あぁもう!めんどくさい!彩七!」

「はい…って、きゃあぁ?!!」

瞬間、彩七の身体はふわりと浮いた

「ちょ…ちょちょちょ、零さん?!」

零は彩七を肩に担ぐと、飛ばし飛ばしで階段を駆け上がった

「…しっかり掴まってろよ、落ちても知らねーからな!!」

ードキッ

…え?なに、今の……

彩七の心臓は、零と同じくらいバクバクと打った


何とか警備員をまき、最上階へと辿り着く二人

「…いよいよか」

「…緊張、してきました」

「大丈夫」

ギュッと、彩七の手を握る零

「変えるんだろ、お前のこの手で」

「…はい!」

力強く頷いた彩七は、零と共に目の前の大きな扉に手をかける

「…せーのでいくぞ」

「準備おっけーです!」

「…せーのっ!」

同時に二人で扉を開け放つ

その先には…