第十二話 裏切りのループ

「……」

あの後

騒ぎを聞きつけた使用人たち含めた両親が現場に駆けつけ…

ことの惨状を、目の当たりにした


しばらく通話のままにしていた彩七は、静かに電話を切った

「…っく…ひっく……」

どうして?

「ひっく…ひっ……くっ……」

なんで?

「ある…っく……にいさ……」

いつから、こんな風になってしまったの?

「にい、…さん……っ…」

…私のせい?

「…っ…くっ……はぁ…っ、…」

嗚咽が収まらず、上手く呼吸が出来ない

「…さ……れい、さ……っ…」

気が付けば、彩七は零に電話をかけていた

rrr…

数コール後、聞き慣れた声がした、

『もしもし』

「…ひっく、…っく…れいさ…」

『…彩七?』

聞き慣れたその声が、たまらなく恋しかった

「…っく…ん…っ…」

『…ちょっと待ってろ』

彩七の状況を察したのか…

数分後、零は彩七の家へと向かった


「…なんて不用心な。鍵くらいかけろ馬鹿」

零が彩七の部屋に着いた時、家の鍵は開いたままだった

「…」

電気のついていない暗い部屋

夜もふけた深夜二時

開け放たれた窓からは冷たい夜風が入っていて…

その前に、力なく座り込む彩七の姿があった

「…彩七」

「……」

「彩七」

「…っく…ひ…っ…」

「…」

泣き止まない彩七を

零は、黙って後ろから抱きしめた

「…身体、冷えてる」

「…っく…ひっく…」


「…我慢せずに、泣いていいぞ」

零の一言で

彩七は、子供のように泣きじゃくった


落ち着いた彩七は、零に全てを話した

「…お前、変わってるとは思ってたけど…まさか宮内財閥の……」

この話に、零は驚きを隠せなかった

「…兄妹で殺し合い、か……」

ソファで自分の膝に彩七をのせ、毛布を掛ける零

「…辛かったな」

「…はい」

再び彩七を抱きしめる零

しかし先ほどとは違い…

力なく、不器用に抱きしめた


「…それで、お前はこれからどうするんだ?」

「…まだ、分かりません」

家に帰るべきなのか

それとも…

「俺はさ」

零が口を開く

「お前が、お前の生き方が間違ってるとは思わない」

「…どうしてそう、言いきれるんですか?」

彩七が少しずつ顔を上げる

「だってもしもあの日、お前が家出しなかったら
もしあの日、この街にお前が来なかったら…

俺は、お前に出会えてなかったし

お前も今の世界を知ることは、無かったんだ」

「あ…」

零の言葉に、再び涙が溢れてくる

「彩七は間違ってない

間違ってなんか、ない」

零の言葉に、彩七は零を強く抱きしめた

「?!ちょ、あや…」

動揺する零

しかし彩七は…

「…ありがとう、ございます」

とても、幸せそうな顔をしていた

「…まあ、いいか」

小さく息をつく零

しばらくして、彩七はそのまま寝てしまった


「…」

頃合い、かな

零はポケットからケータイを取り出し、通話ボタンを押した

rrr…

『…はあい』

「…俺だ」

『…どうしたの』

電話の相手は女性らしかった

「宮内財閥の現状と過去について、調べてほしい」

『…いつかそう言うと思って、ちゃんと調べてあるわ

今、データ送るわね』

そう言うと、零の持っていた別の端末に着信が

「…確かに。感謝する」

『ふふっ。…今度はちゃんと、手加減してあげてね?』

「…真逆のことが起きるかもしれんがな」

零の言葉に電話越しの女はくすりと笑う

『あなたが言ったら洒落にならないわ

…くれぐれも、気をつけてね
あそこは今までとは違う、別格なんだから』

「分かってる。それじゃ…」

『あぁ、それと!』

「…なんだ」

用事を済ませ、あからさまに電話を切りたそうな零

『…零くんがそう言うって事は、もう彩七ちゃんの現状を知った、って事でいいのね?』

「何でお前が知ってる…

あぁ、お前凛翔の直属だったっけ」

『ふふっ、忘れてたの?

まあ直属なのは家だからそこまでの関わりは無いんだけどね』

電話の相手は、春奈だった

『…マスター、実家で少しやらかしちゃったみたい。
傷心気味だから、近々私もあっちへ向かうわ』

「…気をつけろよ」

『あなたもね!それじゃ』

春奈の明るい声が無機質な機械音に変わり、ケータイをソファへと降ろす

「…お前の帰る場所、か…」

本当なら、ちゃんと実家に帰すべきなのかもしれない

だけど

彩七は、それを拒んだ

「頼れる人間がどんどん減って…どれだけ、心細かったか」

彩七の気持ちを思うと、胸が締め付けられた

「…本当、放っておけないな。お前」

零に寄りかかるようにすやすやと寝ている彩七

「…絶対、俺が守るからな」

幸せそうに寝ている彩七の額を撫で、小さくキスをした


「…ねえ、まだ起きてる?」

その夜

実家に泊まることになった由里子の部屋に、明香沙がやって来た

「どうしたの、珍しいじゃない」

「…何だか、眠れなくて」

うつらうつらとしているのに、寝たくないといった様子の明香沙

「…昼間の光景が、目に焼き付いて寝させてくれないの」

「あれは確かに…衝撃的だった、わよね」

流石の二人も、あれには堪えたようだった

「…兄上は、一命を取り留めたみたい
でも有翔は…」

「…意識不明の重体、でしょ」

「ん…」

何とか一命を取り留めた亜門

しかし思ったよりも傷が深かったのか、ベッドから起き上がれない状態らしい

対する有翔はもっと重傷だった

出血多量で意識を失ったあげく、当たりどころが悪かったのか…全く意識が戻らない

状態も極めて不安定で、両親が交代で付いていると聞いた

「…今までほとんど親らしいことしてこなかったくせに、こんな時だけ図々しいと思わない?」

「やめなさい、明香沙
…大人には大人の事情があるのよ」

「私たちだってもう十分大人じゃない」

「…もうやめましょ、こんな話」

結局

凛翔はあの後、地下の部屋へと閉じ込められ…

一言も、誰とも言葉を交わすことなく部屋に入れられたらしい

「でもさ…あんな凛翔も、不気味だよね」

明香沙がストン、と由里子が腰掛けていた横に、ベッドへと座る

「外面だけは良かったものね…
本当、いつの間に私たち、こんなにも強欲になっていたのかしら…」


「それは姉さんも同じでしょう?」


カチャ、という背筋が凍る音がした

「……明香沙?」

由里子は明香沙の方を向けなかった

「…この家に味方なんて、もう誰もいないのよ

だから…

だから…自分の身は、自分で守るしかないの!!!!」

立ち上がった明香沙は素早く由里子に構える

「…っ、明香沙!!」

両手を上げ、明香沙に向き直る由里子


明香沙の手には、ナイフが握られていた

「は…はや、く…わた、私をこ、殺すなら…は、はは早くしなさいよ!!」

ガタガタと震える明香沙

尋常でないほど震えるその手からは、今にもナイフが落ちそうで

産まれたての小鹿のように足を震わせ

その口元までも、震えていた

「…み、明香沙。落ち着いて?
私はあなたを殺したりなんかしないわ」

「嘘よ!!!!」

声を荒らげる明香沙

「い、いくら女兄妹が私しか今いないからって…同情するフリして本当は私を殺す気なんでしょう…?!」

ナイフなんて、持ち慣れてなくて

ましてや人を殺めたこともない明香沙

いつもの強気な彼女は、何処かへ消えてしまったようで…

今目の前にいる明香沙は、

もう誰だか分からなくなってしまいそうだった

「お願い…お願いよ、姉さん
殺すなら早く殺してよ…お願い、お願いよ!!」

「明香沙…」

目に涙をいっぱいに溜め、歯を食いしばって今にも襲いかかりそうな明香沙

本当は数十秒だったと思うが…

数時間、二人は見つめあっているように思えた


「…はぁ」

由里子は、力なくため息をつく

「…?」

「…分かったわよ、あなたの思い通りにすればいいわ」

「ねえ、さ…?」

「…あなたの願い通り、ここで終わらせてあげる♡」

「…っ、?!!!!」

瞬間

明香沙の左胸部に、激痛が走った

「…っ、は…!!!!」

口からは鮮やかな血が

「…ふふっ、これがあなたの望みなんでしょう?」

「…うっ…ぐ……っ、!!」

呻く明香沙はその場に倒れ込む

「んふふ…

何か最後に残しておきたい言葉はあるかしら?」

「…っ、…姉さ、ん…あなたやっぱり…!!」

明香沙の左胸には、由里子が素早く取り出したナイフが貫通していた

「…何も言わなければ、気づかないうちに有翔のように送ってあげようと思っていたのに…」

「有翔?…まさか!!」

明香沙は青ざめ、目の前で自分を見下ろす由里子を睨みつける

「えぇ、有翔の事を凛翔に吹き込んだのは…


紛れもなく、この、わ・た・し♡」

ドレスの後ろからもう一本、同じようなナイフを取り出す由里子

「有翔ったら、うちの大事な駒である彩七を勝手に逃がしちゃうんですもの

…それ相応のお仕置きは、必要じゃない?」

「だからって、なんで凛翔に…!」

「なんで、ですって?

んふふ、そりゃあ…

一番自分をよく理解している双子の兄弟に撃ち抜かれる、なんて
こんなにも楽しいことはないでしょう?」

この人、狂ってる…!!

「予想通り、凛翔もメンタルかなりやられてるみたいだし?
勝手に潰れてくれたから二人を順番に潰す手間が省けたわ

…あなたを含めてね」

「…ぐっ、!!」

「幸運なことに、兄上まで一緒に倒れてくれたことだし

…実質、今のトップはこの私♡

最後まで大人しくしてた者が全てを奪えるのよ、明香沙」

嘲笑う彼女は明香沙の頭を踏みつけ、高らかに笑い声をあげる

「…今なら撤回してもいいのよ?

そうすれば、命だけは助けてあげる」

だってあなたは、私の“可愛い妹”だから

もちろん、彩七だって私の“可愛い妹”

私の手のひらで、可憐に哀しく散っていく…

哀しい二人の妹たち

自分の手で、自らそんな妹たちを手にかけるなんて…

ゾクゾクして、たまらない

「…さあ、あなたはどうする?」

興奮しきった由里子を、明香沙は止められなかった

「…わた、わたし、は……」