第十一話 一瞬で

「…有翔、裏切ったな!」

部屋から去ったはずの凛翔が全開になったドアの向こうで有翔を睨みつけていた

「りひ、と…!」

「お前、最近おかしいと思ってたんだよ
今までほとんど入らなかった書庫に入り浸っては色んな資料探してさ

…俺、全部知ってるから」

ゆっくりと歩みを進める凛翔

「まさか、こんな近くに裏切り者がいるとはな」

あと数センチという所まで有翔に迫る凛翔

「…お前も俺と同じ、家の財産目当てだったんだろ?」

不敵な笑みで有翔の顎を捉える

「ち…違う!そうじゃない!」

「だったら何だって言うんだ」

「俺は…人生をもう一度、やり直したいんだ」

「……はぁ?」

突拍子もない話に呆気に取られる凛翔

「今までの俺たちじゃ気付けなかったことを…俺は最近になって、ようやく気付けたんだ

だから、彩七にはこれ以上俺たちと同じ思いをしてほしくなくてー…」

言葉の途中で凛翔が思い切り拳を入れる

ガシャン!!!!

みぞおちに入った凛翔の拳で倒れ込む有翔

部屋に飾られていた花瓶に突っ込んでしまう

『ちょ…兄さん?!大丈夫?!』

まだ繋がったままの電話の向こうで、彩七の心配そうな声が聞こえる

「かは…っ、…だい、じょうぶ…!」

「…彩七、聞こえてるか?

俺だ」

『…凛翔兄……』

有翔がスピーカーモードにしたのか、彩七の声が凛翔の耳にも届く

「お前、覚悟は出来てんだろうな?」

『…私は、兄さん達みたいにはならない!!』

「俺たちみたいにはならないだと?

…ははは!笑わせてくれるじゃねーか!!」

髪をかきあげ高らかに笑ったかと思えば…

すぐに体制を戻して真顔になる凛翔

「有島零もろともお前を消す」

『…っ、?!どうして、零さんの名前を…』

「はいはい、きーめた!
今から俺がお前を捕まえに行く

…一週間だ

一週間の間、俺から逃げられたらお前の事は見逃してやる」

「凛翔、何言って…!」

よろめきながらも有翔が立ち上がる

「うるせえ黙ってろ。…この裏切り者」

嫌味たらしく有翔を見下ろす

「…まあ、そういうことだ

俺は俺のやり方でお前を連れ戻す
そうすれば、俺の方に利益が入るからな」

『…やっぱり兄さんは、哀しい人だわ』

「…あ?」

彩七の寂しそうな言葉に眉をひそめる

『兄さん、お金より大切なものはないの?

お金の話ばっかりで、私は正直家になんて戻りたくないの』

「戻らなきゃお前の縁談は成立しないんだぜ?

…お前の大好きな親二人、泣かせても良いのか?え?」

「凛翔…!」

ふらふらと立ち上がる有翔は凛翔に掴みかかった

「お前…いつからそんな風になったんだよ!!
昔のお前はもっと…輝いてたはずなのに…!」

「失せろ」

次の瞬間

凛翔はジャケットの内ポケットから何かを取り出した

「…っ、!!!!!」

「…双子なんだから、俺に隠し事が出来ると思ったら大間違いだ。有翔」

「凛翔…!!」

「…さよならだ、有翔」



ーーーパンッッッ!!!!!



『有翔兄?!?!!』

突然の銃声に、彩七が叫び声をあげる

「はは…はははっ!
まさか俺に殺られるなんて思ってもみなかっただろう?!

…いつも俺の後ろをついてまわるような臆病だったくせに、こうやって調子に乗るからこうなるんだよ」

右手に握ったリボルバーは力なく音を立てて床に落ちた

「…ごめんな」

聞こえるか聞こえないかの凛翔の声は、彩七まで届かなかった

『兄さ、ん…っ!!』

涙ぐみ、恨みがかった声で凛翔を呼ぶ彩七

「……」

家中に響き渡った銃声

数分後、有翔の周りが血に染まる頃…

他の兄妹たちが、二人の部屋へと訪れた

「…っ、!!」

「あ…ある…っ!」

「……」

由里子と明香沙は信じられないその光景に、目を背けた

「…凛翔、これはどういう事だ」

「……」

「…答えろ、凛翔!」

「…っ、!」

珍しく、亜門が声を荒らげた

「至急、有翔の救命措置をとれ!
父上と母上には絶対に漏らすな!!」

亜門の怒涛の指示により、側に来ていた使用人たちが慌ただしく動き出した

「…お前達は一体なにをー」

亜門が凛翔に詰め寄ろうとした時、何かに気づいた

「…有翔は、誰と話していたんだ?」

有翔のケータイが握られた右手は、まだ彩七と繋がっていた

『…兄上、ですね』

聞き覚えのあるその声に、亜門は激昴

「お前…彩七か!」

『…有翔兄さんを撃ったのは、紛れもなく凛翔兄さんです』

力なく、嗚咽混じりに言う彩七

「…ことの経緯を話せ」

彩七が黙り込む凛翔の代わりに、全てを話した

「…」

話を聞き終えた亜門

全員、黙り込んでしまい…

しばらくの間、部屋に沈黙が流れた


有翔が使用人たちによって運び出されたあと、彩七と繋がっているケータイは兄妹たちを囲んだ中心に置いた机に置かれた

「…でもさ」

最初に口を開いたのは…やはり明香沙だった

「今回の件、彩七が悪いんじゃない」

『…え?』

「あなたが家出なんてしなければ…こんな事にはならなかったでしょう?」

『…っ、!』

「まあ、彩七の家出に加担してた有翔も?罰として今回の件は、仕方ないんじゃない」

淡々と告げる明香沙

「…だとしても、兄弟を殺そうとするなんて…常人じゃないわ」

由里子が凛翔に視線をやる

しかし当の凛翔はいまだ、呆然としていた

「…凛翔、リボルバーを渡せ」

亜門が凛翔に向き直り、右手を出す

「…」

「凛翔」

「……」

「凛翔!」

「っ、!」

亜門の目つきはどんどん鋭くなる

ビクッ!と身体を強ばらせた凛翔

「…お前、自分のした事を理解しているんだろうな?」

「……」

「今回の件で、お前の居場所はもう無くなったと思え」

「…っ、」

「お前はもう、宮内財閥の人間では無い」

亜門の瞳は、とても冷たかった

由里子も明香沙も、彼から視線を外した

「……」

俯き、顔を上げようとしない凛翔

ガタガタと震えるその身体は、力なく床に座り込む

「…」

目の焦点が合わない凛翔

もう、頭の中で冷静に物事を考えるということが出来なかった

「…さあ、それを俺に渡せ」

凛翔の手元にあるリボルバーに視線を落とす亜門

「…あんたは、何も分かってない」

「…何?」

亜門が眉をひそめる

「あいつが…あいつがどんな思いでここに居たかを。

有翔がどんな思いでこの家を変えようとしていたのかを!!!!」

体制を整え、リボルバーを手に立ち上がる凛翔


次の瞬間

あっという間の出来事だった


パン…ッ!という音と共に、凛翔が顔を上げる

『…!!』

彩七がビデオ通話に切り替えた瞬間だった

亜門が驚いた表情で後ろに倒れ込み

凛翔が亜門目掛けてリボルバーで撃ち抜いた

「凛翔!!!!」

由里子が叫び声をあげ、明香沙も目を見開く

『…凛翔兄!!!!』

姉妹たちが悲鳴をあげる中…

凛翔は

笑っていた

「俺は…俺は!
ずっと前から有翔が裏切り者だったってこと、知っていた!!」

『…?!』

「だがな…このままでは有翔は時期に、兄上に殺される

そう思った俺は、その前にいつか…兄上に殺される前に、あいつをラクにしてやろうと思ったんだ!!」

ほとんど叫び声のような凛翔

言葉もままならず、ただただ目の前の光景に興奮しているようだった

『凛翔兄、なに、を…』

彩七は訳が分からず混乱し、上手く言葉にならない

「…兄上の裏切り者への拷問はお前らもよく知っているだろう?!

あんな事、有翔に耐えられるわけがない!!!!」

宮内財閥の鉄の掟として

裏切り者への拷問は、見るも無残で想像を絶するものだった

「…双子なんだ、隠し事なんて出来るわけがないだろう?」

姉妹に振り返った凛翔

その顔は

涙を流し、笑っていた