第一話 愛の無い一族

満月の輝くとある夜

彼女の家では二十歳を迎える彼女のための、盛大な誕生日パーティーが行われていた

「おお、凛翔様に有翔様がお見えになられたぞ!!」

どこかの侯爵らしき男が、中央に構える大きな階段から降りてくる二人を指す

「凛翔様だわ!」

「有翔様も!!…はあ、相変わらずお美しい…!」

女性陣が二人をみてほう…とうっとりとしたため息をつく

向かって右側のすらりとしたブラウンの髪の男ー…凛翔が軽く頭を下げる

「本日は、我が宮内財閥令嬢である彩七の誕生日パーティーにご参加下さり、誠にありがとうございます

彩七の兄、宮内凛翔にございます」

宮内凛翔(みやうち りひと)、二十四歳。
有翔の双子の兄で現在は大手ホテル会社を経営するホテル王
噂の甘いルックスは女性陣を惑わす

「同じく、宮内有翔」

ばっちりセットされた黒髪の奥で、美しいダイヤモンドのピアスが光る

宮内有翔(みやうち あると)、二十四歳。
凛翔の双子の弟で現在は大手宝石店を経営するCEO
無口ではあるがその仕事ぶりは周囲も一目置くほど

二人が挨拶をすませ、階段を降りると…

女性陣達の黄色い声は、さらに大きくなった

「…来たか」

凛翔の瞳が冷たさを帯びる

二人の背後から、また一人の男が姿を現した

「きゃああああ!!」

「嘘…!!」

「滅多に来られないのに…!!」

凛翔と有翔はゆっくりと後ろを振り返り、その人を見上げた

「…弟たちが盛大に挨拶をしたようで。
私も負けていられませんね

宮内財閥次期頭首、宮内亜門が参りました」

彼の一声に、男女問わず拍手喝采・歓声が次々に上がった


宮内亜門(みやうち あもん)、二十八歳。
宮内財閥次期頭首として名高い彼は幼い頃から英才教育を受け、万能なエリートの一途を辿ってきた

人柄も良く、周りの人々からの信頼も厚かった

「…行こうぜ、有翔」

「…あぁ」

凛翔に促され、有翔達は端へとはけた

「いやぁまさか亜門様にお会い出来るとは!!」

「先日の講演会、とても素晴らしかったですわ…!」

人々が亜門に群がり、口々に彼を称賛する

「あまりこのようなパーティーにはいらっしゃらないようですが…今日はどうされたんですか?」

一人のご婦人が彼に尋ねると…

「…今日は、大事な妹の特別な日なので」

にっこりと笑い、声高らかに告げる

「それでは皆様、長らくお待たせいたしました!

本日の主役、彩七の登場です!」

亜門の声に、またも歓声が上がる


パーティー広間の照明が一気に消え、三人が先ほど降りてきた階段の最上階にスポットライトが当たる

「彩七様だ!!」

「彩七様がお前だわ!」

人々が拍手で出迎えたのはパーティーの主役であるこの物語の主人公、彩七だった

「…」

緊張した面持ちで、ゆっくりと階段を降りる彩七

その両脇には、姉である長女の由里子と次女の明香沙が彼女をエスコートしていた

「まさに花ですな…!」

「由香里様も明香沙様もお美しい…!」

男性陣が見とれている中、長女である由里子が口を開いた

「もうお兄様ったら、私達も紹介してくだされば良いのに!

今回のエスコート役、由里子です」

「同じく可愛い妹のエスコート役、明香沙です!」

二人が挨拶をすませ、中央で緊張したいる妹の方を向く

「…さ、彩七」

「……はい」

彼女たちの手を解いてスッと一歩前へ出る

「…今日は私の誕生日パーティーに来て下さり、ありがとうございます」

兄や姉たちより声は小さかったものの、周りは昔からよく知る人ばかりだったため微笑ましくそれを見守る

「今日は、どうぞごゆっくりしていって下さい

そして、心ゆくまでお楽しみ下さい」

渾身の営業スマイルが効いたのか、人々は満足そうに彼女に拍手を送った


しばらく人々がそれぞれにパーティーを楽しんでいた頃、

彩七は挨拶のあとすぐ中に引っ込んでいたので、姿を見せることはなかった

「…何なのよ、もう……」

自室のベッドに横たわり、大きなため息をつく

宮内彩七(みやうち あやな)、今日で二十歳。
五人兄弟の末っ子で、現在はバイオニストをしている

ぱっつん前髪ボブのマロンカラーが、彼女のトレードマークだった

「…」

毎年のように行われる、盛大な誕生日パーティー

しかしそれに来るのは位の高い、侯爵やご婦人ばかり…

「いくらお父様たちの古い友人が多いからって、これじゃあ誰のためのパーティーなのか分からないわ」

ブツブツと愚痴を零しながら枕に顔をうずめる

ー本当は、こんな事してほしくない

彩七がそう思い始めたのは、彼女が小学校に上がって間もない頃だった

『彩七ちゃん、今日も可愛いね!』

『彩七ちゃん、私と踊ってくれるかな?』

周りの人達が優しくしてくれるのは、単に可愛がられているのだと思っていた

だけどー…

『あの子、上の子たちと違って少し付き合いにくいんだよなぁ』

『可愛らしいけどそれだけで…まあ、仲良くしておいて損は無いわよ』

私の周りの人々は皆、うちの財閥としての権力しか見ていなかった

「…あれに気づいた時は、堪えたなぁ……」

そして更に、信じたくなかった事まで幼い私は気づいてしまう

「…っ、…」

涙が滲むのも無理はない

先程まで仲良さそうに登場してきた兄や姉たち…

彼らでさえ、地位と名誉、そして家の財力しか見ていなかった

「…っく…ひっく…」

表向きは、仲の良い兄弟

しかし

裏をひっくり返せば…

日常では全く会話の無い、冷たい家族だった

「…だめだめ、こんな事で泣いちゃ…!」

ぎゅっと手に力を入れ、顔を洗いにベッドから降りる

…今までだって、ずっとそうだったじゃない

日常の中で会話をするとしたら、仕事や結婚の話だけ…

上の姉二人は二十歳になってすぐの頃、両親の勧めでそのまま結婚をした

「…私もそろそろ、そうなっちゃうのかな」

家の駒として結婚させられるなんて…

「これじゃあ一昔前と変わらないじゃない」

学生の頃に習った日本史に出てきた武将やその妻たち

家を守るために、戦国時代を生きた姫たちはその身を家のために犠牲にした

「…別に、私が家を守らなくたって兄様達がいるのに」

蛇口から流れ続ける水を見つめ、先の将来が見えないまま…思いふけった


「あら、彩七!」

再びパーティー会場へと彩七が戻ると、長女の由里子が駆け寄ってくる

「具合悪いって戻ってたみたいだけど…大丈夫?」

ずいっと顔を覗き込む由里子

「…大丈夫だよ、由里子姉」

そっと彼女から離れ、窓際へと移動する

…本当、嘘ばっかり

さっき駆け寄ってきた由里子姉だって、全然心配した顔してなかった

そしてあからさまなその声が、彩七を不快にさせた

「…どこまで世間体を気にすれば気が済むの」

小さくため息をつき、外にあるテラスへと出る

「…涼しい」

室内で火照った身体を冷ますのに、丁度いい夜風が吹いていた

「…彩七、少しいいか?」

そこにやってきたのは、凛翔だった

「…」

無言で小さく頷くと、彩七の隣に凛翔は座る

「…まさか、兄さんが来るとは思わなかったよ」

切り出したのは兄・亜門のことだった

「今まで誰の誕生日パーティーにも顔を出さなかった兄さんがまさか出てくるなんて…

彩七、何かあった?」

興味深そうに彩七に詰め寄る

「…知らない。私だって、兄上が来るなんて聞いてない」

「…そう」

それだけ言うと、凛翔は部屋へと戻っていった

「…企みがばればれよ、兄様」

しばらく夜空を見上げ、ふう…と息をつく

「おとぎ話みたいに、誰か私を連れ去ってくれないかしら…」

金に目がくらんだ人間たちを見るのはもう沢山

…私はただ一つ

彼らに、彼らから愛されたかった

「お金なんて嫌いよ…愛が欲しいわ」

赤色にきらめくワインの入ったグラスを見つめ、視線を落とす

「愛なんて、必要ない」

扉がバン!!!と勢いよく開き、低く重い声が彩七の耳に届く

「あに…う…え……!」

「愛が欲しい?

…お前には充分愛が備わっているだろう
そんなもの、嫁いでから探せばいい」

「まっ…兄上!離してください!」

強い力で腕をとられ、部屋に連れ戻される

「…いいか、お前はうちの大事な“駒”だ
父上や母上も、政略結婚をしている
…もちろん、由里子も明香沙も。

だからお前だけ違う道を歩むということは、絶対に許されない」

とても、冷酷な瞳だった


彩七は諦め、兄の手に引かれ会場へと戻った

「お前は一生、我々の“可愛い妹”でいればいいんだよ」

最後にそう優しく彩七の頭を撫で、彼は元の輪へと戻った

「…言われなくても分かってるわよ」

目に涙を浮かべ、唇をぎゅっと噛んだ