沙織が引き受けてくれたことにホッとしていたけれど、練習に苦戦しているらしいことも気になった。放課後の音楽室で弾いているのをこっそり聞いてみると、同じところで詰まって進んでいないようだ。

美雨はフーッと深呼吸してドアを開けた。ぴたりとピアノの音が止まる。

「あの、練習に付き合おうかと思って」

「ありがと。そう言ってくれると思ってた。美雨は弾けるんだもんね」

沙織は嫌味でない笑顔を向けてくれた。

自分にとってはそれほど難しい曲ではない楽譜を見て申し訳ない気持ちになったが、代わるとはとても言えない。

美雨が舞台で弾けないことは、沙織にはいつか話したことがあった。きっとできるよとか、慣れだよとか言って無理強いしないで、身代わりになってくれたことを本当に感謝していた。

「ごめんね」とつい謝る美雨に、

「やめなきゃよかったなって思ってるんだよね。だから、もう1回始めるいい機会かなって」

と沙織は照れくさそうに笑う。妹のほうが上達が早いから嫌になって辞めてしまったと初めて聞いた。

「勢いですぐ言っちゃうんだよね、そういうこと。後になってやっぱり好きとかさぁ、遅いかなって思うけど」

「そんなことないよ。失敗したって諦めなければ」

言いかけて美雨は口をつぐんだ。ピアノのことだけじゃないとわかってしまった。それにこれはママの言葉で、心からの言葉じゃない気がした。

それでも沙織は嬉しそうに「よーし。いろいろ諦めないぞー」っとこぶしを上げた。そう言う仕草も誰よりもかわいかった。