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「……もう今日が卒業式なんて……ね」
竜樹さんの復縁報道から早一週間。
今日は学校での一大イベント、卒業式の日だ。
もとから性別問わず人気の高かった竜樹さんだけに多くの祝福と陰ながら涙する女子のファンで溢れ。
学校内は一時騒然となっていた。
しかしそれも時間の問題で。
一週間もすれば落ち込んでいたファンでさえも新たに推しを定めていた。
その灰色がかった雑踏の中に私はまだ上手く前を向けずにいた。
心なしか竜樹さんに対してぎこちなくなってしまったし……。
「……茜?」
「あ、菜穂!
どうかした?」
「……いや。
その……先輩とは写真撮らない……?」
「……あー」
気まずげに切り出した菜穂に納得。
竜樹さんのファンは散り散りになったとは言え、卒業式のイベントともなればツーショットを求めて長蛇の列。
「……撮ってはもらいたいけど……ねぇ。
これだけ並んでたら申し訳ない……」
「……よし分かった。
じゃあここに連れてくる!」
「ありがとう…………って、えええええ!?
ちょ……菜穂ぉ……!?」
つ、連れてくるですと!?
あの子は一体何をしでかすつもりで!?
ヒヤヒヤして成り行きを見守っていたが……。
「ほ、ほ本当に連れてきてるぅ!?」
竜樹さんを引き連れやってくるではないか!?
「な、菜穂……ってあへ?」
しかし菜穂は私の前を通り過ぎ、竜樹さんと共に会場から出て行く。
「……え、え?」
状況が飲み込めない私はオロオロしていたが菜穂はすぐに戻ってきた。
“一人”で。
「茜、今がチャンスだよ!」
「えっ、え……っ?」
「先輩もちょうど外の空気吸いたいって言ってたからさ。
ここより外の方が話しやすいでしょ?
色々と」
「な……菜穂ぉ……っ」
「話は後でいっぱい聞いてあげるから。
今は先輩の元に、ね?」
「……うん!
本当にありがとう、菜穂!」
「はいはい。
ほら行った行った!」
菜穂の力強い言葉に背中を押されて私の足は緊張で縺れながらも踏み出していく。
やけに重たく感じた扉を開ければ。
会場内とは切り離されたかのような静けさが身を包んでいく。
「……竜樹さん……」
その静かな空間を鮮やかに彩るあの人はいた。
「茜ちゃん……っ」
少し驚いたように顔を上げる仕草一つも御伽話の中に出てくる王子様のよう。
その美しい情景を壊さぬようにゆっくり歩み寄る。
ずっとずっと……好きだった彼の元に。
「……ご卒業おめでとうございます」
「はは。
今日は堅苦しいキャラクター?
ありがとね」
「……竜樹さんがいなくなるの……寂しいです……って!
み、皆も言ってます……!」
私も……
いや私がきっと一番そう思っている。
そんな重い言葉を私なんかが言える立場でも無いから“皆も”なんて卑怯な言葉で伝えていた。
「寂しいけどそう言ってもらえるのは嬉しいね」
……次は何を話せばいいのやら……
少しの静寂が重くのしかかる。
こうして隣に並ぶのが最後だと知っているから尚更。
“好きです”
そんな出かかった小さな言葉を必死に何度も呑み込んだ。
こんなことを伝えても……
見える未来は一つ。
“玉砕”である。
王子様にはかけがえのないお姫様がいるのだから。
だから私は……
「竜樹さん……あ、あたし……っ」
「あ……ごめんね。
出ても平気かな……?」
「ど、どうぞどうぞ……!」
“何も伝えるな”
そう言われたようなタイミングで竜樹さんの白いスーツのポケットを震わす着信。
困ったように眉尻を下げて見つめられればノーとは言えない。
竜樹さんから少し離れ。
でも会話が聞こえる所で立ち止まる。
「もしもし、亜佳音?」
「……っ!」
……アカネ。
竜樹さんは確かにそう言った。
心臓を掴まれたような驚き。
私と同じ……“アカネ”という名前。
彼女の名前……だろうか。
多分そうだ。
竜樹さんの幸せそうな横顔に息が詰まりそうでどうにかなりそうだ。
この空間に一緒にいるのは……“茜”なのに。
きっと今の竜樹さんに“茜”は見えない。
見えているのは別の“アカネ”。
そんな……そこまでの存在なんだ、“茜”は。
「ごめんね」
「い、いえ!」
彼女なんですか?
電話を終えた竜樹さんにそんなことを聞いて知る勇気も無い。
竜樹さんの表情を見れば問いも答えも要らなかった。
……もしかして菜穂は……あの日……
このことを伝えようとしていた……?
「それで……そのさっきの続きを聞かせてくれる?」
「……あっ、その……」
でも今はこれを伝えたら……
伝えられたらそれでいい……
「これからも……竜樹さんのこと……一番に応援してます。
……だから……」
─────────…サヨナラ。
その言葉まであと二秒。
それはこの綺麗な世界の時間が永遠に止まるまでのタイムリミット…────────
【END】



