八代は黒いパーカーを身にまとい、フードを深く被った。
 名前で勘違いされやすいが、冴木八代、男だ。顔が整っていて、イケメンの部類には入る。ただし、性格が暗いため、周りからは「残念イケメン」と噂されていた。
 八代はぼろアパートを後にし、ある場所へと向かった。
 八代の家から徒歩3分。正式な道筋から行けば30分はかかるはずなのだが、家の間をひたすら通るという所業をすると3分でつくのだ。
 八代が立ち止まったのは小さな家の前だった。家は1階建てで、濃い青のペンキが少し剥がれかかっていた。
 本当に合ってるんだろうか、と少し不安を感じたが、それはすぐなくなった。ドアノブに引っ掛かっている看板には、❬霊専門 相談所❭とかかれていたからだ。
 自分でも馬鹿馬鹿しいとは思うものの、もうここしかあてがなかった。
 意を決してドアノブに手をかけた。
 室内は薄く光が差し込み、ほんのり明るくなっていた。入ってすぐのところにテーブルがセットされていて、家というよりカフェのような感じだった。奥に小さなキッチンがあり、コーヒーメーカーが置いてあった。
 回りを見渡すが、人がいる気配はなかった。定休日かと思い、諦めようとした。
 瞬間、ガゴッという鈍い音が室内に響く。肩をびくりと震わせ、音のするほうに目を向ける。
「はぁー。よいしょっとぉ」
女の声が響く。
「……あの」
八代は声に向かって話しかけてみた。
「うー、……ん?あれ、お客様?かな?」
ひょこっと顔だけを覗かせて声の主は尋ねた。八代は頷くと、女は目を細めて微笑を浮かべた。
「……いらっしゃい。ただ珈琲を飲むために来たんじゃないでしょう?」
女の問いかけに、八代は視線をそらした。
「ちょうどいいわ!今ホールケーキをもらったところなの」
珈琲で大丈夫?と訊きながら女はゆっくり立ちあがった。八代が頷くのを確認し、小さな冷蔵庫から箱を取り出した。