「お先に失礼します」

「あ、河合さんお疲れ様」

「おつかれ」

カバンを手にした私がデスクから離れる。すると、いつも通り「お疲れ様」という声が飛び交った。

オフィスを出て、真っ直ぐ出口を目指す。運良く藤田さんのいない受付を横目に通り過ぎた。すると。


「美帆」

入口の手前で壁にもたれかかっていた真樹が私を呼んだ。

「……何」

さわやかな笑みを浮かべて、完全に〝彼氏モード〟の彼に、私は溜息を漏らした。

「どうしたの、溜息なんかついて。何かあった?」

掟を守る為ということは分かっている。だけど、今の私にはこんな恋人ごっこをしている余裕はない。


「別に、何もないけど。何かあったとしても真樹には関係ないでしょ?」

藤田さんと楽しんで来て、と残して真樹の横を通り過ぎた。

周りに喧嘩をしていると思われないように、最後は必死に笑顔を作る。掟を破るわけにはいかず、私は真樹に笑顔で手を振り自宅へと向かって歩き出した。