翌日18時前。
定時で上がれれば井上さんと菊池さんがもうすぐここに来る。

絶対に許さないと決めて休憩室の椅子にどんと座って待っていた。


18時5分になって最初に来たのは島田さんと逢坂さん。

「あれ、荒木ちゃん休みじゃないの?」

「お休みをもらったんですけど許せなくて」

「え?何が?」

会社中で噂になってると思ってたけど島田さんは知らないらしい。

「島田〜インカム置き忘れた。はい、頼んだ」

ポンっと島田さんの手にインカムを置いた逢坂さん。

「え!めんどい〜」

「今度奢る」

「あざーす!!」

島田さんを簡単に丸め込んだ逢坂さんは私の斜め前に座った。

「昨日大変だったね。体調平気なの?」

逢坂さんは知ってるんだ。
さすが國分さんのお気に入り。

「体調はもう大丈夫です。
お休みをもらっといてあれなんですけど、どうしても文句を言いたくて。
嫌がらせされるのは別に大した問題じゃないんですよ?お子ちゃまな頭を持ったかわいそうな人に、かわいそうだね、って言いたくてうずうずしちゃって」

あくまで、いじめられたのが嫌なわけではないと伝える。
いじめられた、嫌よ〜って愚痴るのは私のプライドが許さないから。


「ふーん。俺は嫌だけどなぁ」

逢坂さんがそう言ったタイミングで大笑いしながら入って来たのは噂の、井上さんと菊池さん、あと鷲谷さんだ。

それを知ってか知らずか言葉を続ける逢坂さんに焦る。

「自分のせいじゃないのに人に頭下げたり、自分が苦しんでる時それを見て面白がられるの、俺はムカつくね。誰が味方か分からない状況でどこにもぶつけられないイライラや不安を嘲笑うなんて人間のクズでしょ。荒木さんはそんなことないの?」


まるで逢坂さんの後ろに突っ立ってる3人に言ってるような言葉。
携帯をいじりながら尚も続ける逢坂さん。

「頭の悪いお子ちゃまに閉じ込められて熱中症になったんでしょ?そんな嫌がらせされたら、俺だったらとことん追い込むけどねー」

『俺だったら』を強調して言い放った逢坂さん。


「逢坂さん!」

そんな逢坂さんに勢いよく駆け寄ったのは井上さんと菊池さんだ。

「あの、ごめんなさい…ついいたずら心で…」

「何の話?」

なぜか逢坂さんに謝り出した井上さん。
それに対してわざとらしく聞き返す逢坂さん。
逢坂さんって意外と気が強いらしい…。

「閉じ込めたの、私たちなんです」

「知ってるよ。で、誰に謝ってんの?」

「…っ!!」

「お前らが謝らなきゃいけないのは荒木さんだろ?俺に謝ってどうすんだよ、馬鹿かって」

あの穏やかな逢坂さんからは想像できない程の低い声が出た。

その直後に國分さんが休憩室を覗きに来て、なんていうタイミングだろうと絶望した。
周りを巻き込むなって怒られる…。


険悪なムードの中、なかなか謝ろうとしない井上さんと菊池さんに、痺れを切らした國分さんが低い声を出した。


「邪魔だ、どけ」

「あんたはいいよね」

國分さんが私たちの方へ来た時に菊池さんが口を開いた。

「仕事ができなくてもクビにされないし、むしろちやほやされて。調子に乗るなよ」

國分さんがいる前でよく言えたな、本当に馬鹿なんだ。

「どうせ女を使って逢坂さんや國分さんを取り込んだんでしょ」

なんだこれ。
ただの女の醜い争いじゃん。

「この腐れビッチ!」

最後に菊池さんが叫んで逢坂さんが立ち上がった。

「あんたら、恥ずかしくないの?」

菊池さんに詰め寄る逢坂さんを一切止めようとしない國分さん。

完全に私のやらかしだわ、これ。

「社会人にもなってガキみたいにネチネチして。つーか仕事中に私情持ち込むって何事?それがビッチかそうじゃないかっていうクソくだらねー理由で。
ふざけんのも大概にしろよ」

あくまで冷静に言って聞かせた逢坂さんはすごいと思う。
1歳しか変わらないのに大人で。



「井上、菊池、鷲谷は今すぐ退職願を書いてくれて結構だ。速攻受理してやる」


國分さんの言葉でなぜか泣きそうになっている菊池さんと、文句を言いたげな井上さん、それとただ巻き込まれただけのように見える鷲谷さんを見ていてなにやら頭のもやが取れたようにスッキリした。