私は情けない。


折角、すぐ近くにいるのに声を掛けることが出来ない。


最後なんだから、好きの一言くらい言えばいい。


だけど、臆病な私はスマートフォンをいじる振りをしながら盗み見るだけ。


敏くんは雲の上の存在で、路傍の石の私が話し掛けるなんて烏滸がましい気がしてしまう。


だから、石ころらしく敏くんの姿を目に焼き付けて、高校時代の淡い初恋の思い出にしよう。


そう思っていたのに――――






突然、耳をつんざく電車のブレーキ音が耳に入った。


「きゃっ」


それと同時に電車は激しく揺れて、私は座席から落ちてしまった。


痛い……。
座席の肘掛に頭をぶつけてしまったらしい。


再び席に腰を降ろし、痛みを堪えていると、頭上から独特のイントネーションを含んだ声が聞こえた。


「自分、頭ぶつけたみたいやけど大丈夫か?」


さ、さ、敏くん!?


目の前に、膝を折って私を見つめる敏くんがいた。


自分って大阪では二人称でも使われるらしいから、私のことかな?
だけど、憧れの敏くんが話し掛けてくるとは夢にも思わず、私はこう返した。


「私のこと……?」

「当たり前やん。電車、俺ら以外誰も乗ってへんで」


ははっ、と白い歯を見せて笑う敏くんと、二人切りと言う事実に私は頬が熱くなるのを感じた。


「だ、大丈夫です……っ」


私はドキドキし過ぎでこれ以上敏くんを直視することが出来なくなってしまい、目線を床に落とした。