唇がグラスに触れるのと同時に甘く柔らかな香りが鼻をくすぐる。誘われるままに芳しい香りを口の中へと転がすと、深く濃く味がふわりと解けていった。
「美味しい……」
声に出すと心地よい香りが鼻から抜けていく。優しくて懐かしい記憶が蘇る。
『ずっと一緒にいたい』
あの日、彼が言ってくれた声も顔も繋いだ手の温もりも強さも鮮明に。
それから二年後に私たちは結婚。間もなく娘の和佳が生まれて、ずっと続く平穏な日々。
だけど年を重ねるごとに口数が減って素っ気なくなって、何を考えているのかわからないことが増えてきた。問いかけても返事はひと言だけだったりして会話が続かない。
もちろん寂しさを感じたけれど、そんなものだろうと諦めかけていた。いつか寂しさも、何も感じなくなる日が来るのだろうと思いながら。
それなのに彼が覚えていてくれた。もうすぐ結婚してから二十年経つこと、私たちが大好きだった梅酒のこと。
今日こうして花火に誘ってくれたことも。
胸の揺らぎが大きくなって鼻の奥が熱を持つ。

