「だから、もしどうしようもなくなったら、おれ、その人のいない場所に逃げるしかないんだ。でないと、ほんとに何するかわかんない」


 彼が視線を落として、表情も見えなくなる。


 親離れされる心境だとか、寂しいとか、そんなものは自分の都合だ。可愛い弟分が恋に悩んでいる。それなら役には立たなくとも、話を聞くくらいのことはしてやるべきではないか。


 おまえさ、この世界の女の子好きになって、それでうまくいったりしたら、もうあっちには帰らないつもりか。


 訊けるわけがない。


「発破かけられても動かないって、そんだけ相手のことが大事なんだろ。自分のタイミングでいいんじゃねえ?」


「……うん」


 俯いたままの彼の髪を撫でる。跳ねた癖っ毛が手のひらの下でしゃくしゃくと音を立てる。


 応援するぜ、とまでは、流石に言えなかった。