菅波は無表情だった。何を考えているのかわからない。

「じゃ菅波、何か一言」
「新人のつもりでがんばります。ご指導よろしくお願いします」

 猫をかぶったまま、殊勝に頭を下げる。
 新人のつもりと言うけれど、会社に十年もいる以上、新人とは違う。営業からSEへの転身例は聞いたことがない。何をどこまでどのように説明すればいいのか。

「よし。次、それぞれの進捗と今週の予定」

 課員がそれぞれ受け持つプロジェクトや作業計画について話し出すと、菅波は手元のノートにペンを走らせた。
 気になって、ついちらちら見てしまう。
 背筋を伸ばし、ときおり話者を見ながら文字を書きつける姿は会社案内のパンフに載せたいほど絵になっていた。ただのいい男。知り合いじゃなければ、目の保養にするのに。
 わたしが担当している案件は主にふたつある。首都圏に展開するスーパーマーケットのシステムの保守と、専門商社のシステム構築。前者は月一回、後者は二週に一回、顧客を交えた定例会を行なっている。今週はちょうど両方が重なる週だ。

「……会議のアジェンダは現在作成中です。その他、懸案事項についてはベンダーと調整中で、引き続き検討していきます」
「了解。じゃ、今週もがんばっていきましょう」

 菅波と目が合った。思わず身構えたけれど、向こうは生真面目な表情を崩さないまま、軽く目礼しただけだった。
 本当に――何を考えているんだろう。
 これからを思うと憂鬱で仕方がない。
 でも仕事だから。割り切って対応するしかない。




「ハイボールふたつと、烏龍茶ふたつ。あとコーラ、芋焼酎をひとつずつお願いします」

 掘りごたつの和室で、わたしは出入口に近い席を陣取り、注文をまとめて店員に伝える役目にいそしんでいた。
 幹事なんだからわたしがやります、と瑠衣が言ってくれたけれど、二人でやった方が効率的でしょ、と押し切った。
 菅波の歓迎会、そして昨年度のお疲れ会を兼ねた飲み会だ。

「美月さんのそういうところ、本当尊敬します」
「え?」
「他の人たちが菅波さんと仲良くなれる機会を作ってくださったんですよね」
「んー……、まぁ、仲良くというか、お互いを知ることができたらいいわよね」
「美月さんと菅波さんって、あまり言葉を必要としてない感じですよね」
「どういうこと?」
「言わなくても通じる~、みたいな関係?」