「おはよう。久しぶり」
「課長代理になったんだね」
「そうだけど……うちに異動って、本当に?」
「本当。まだどの席に座っていいかもわからなくて、知ってる顔探して挨拶してた。これからよろしくお願いします」
「……こちらこそ」
気まずい。会話が続かない。続けたいとも思わないのだけど、何となく立ち去るタイミングを逃してしまった。
菅波は長い腕を持て余すように髪をかき上げた。化粧室に行こうとしていたのか手ぶらだ。
「来る途中に桜があったけど、葉桜だったな。こっちに来たらまだ咲いてるかなと思ってたけど、さすがにもう終わってたね。もう一回花見できるのを楽しみにしてたから残念」
「今年は早かったから。咲くのも散るのも」
訳知り顔で言ってはみたものの、ネットニュースで知っただけで、満開のシーズンには外の景色を眺める余裕などなかった。一年がかりのプロジェクトの大詰めで、システムの本番稼働に立ち会っていたのだ。
「みんなで花見行った?」
「みんなって?」
菅波は綺麗な楕円形の目で、わたしと瑠衣を交互に見た。
「わたしたちのこと?」
「そう」
「ううん、職場では特にしてない」
「そっか」
会社の人間にプライベートを侵食されたくないと考える人間はそれなりにいて、わたしが旗を振ったところで花見会の実現は難しいだろう。最近は上司に生活態度を指導されたのが気に障って会社を辞めてしまう新人もいるくらいだし、どこまで踏み込んでいいか難しい。
じゃあ、と立ち去ろうとしたところで、瑠衣が話を継いだ。
「菅波さん、引越してきたばかりなんですか? 大変ですね」
「育ちはこっちだから、戻ってきたって感じだね。家具は一式買い直したけど」
「そうなんですね。あちらでは毎年、部署の皆さんでお花見してたんですか?」
「お得意さん呼んでやってたよ。いい場所を取るのが新人の仕事」
「恒例行事になってたんですね。わー、盛り上がるんだろうなぁ、楽しそう」
「八木原さんだっけ」
「はい」
「主催してみたら?」
「え、わたしなんて無理ですよ無理。企画力とかないんで」
「そう」
あぁ、この口ぶり。会話の運び。
優しく親しみやすそうなのに、実はすごく冷酷で、容赦なく他人を切り捨てることができる。
高みの見物っぽく楽しそうとか言ってんじゃないよ、低能――そんな風に手のひらを反す姿が目に浮かんだ。
「課長代理になったんだね」
「そうだけど……うちに異動って、本当に?」
「本当。まだどの席に座っていいかもわからなくて、知ってる顔探して挨拶してた。これからよろしくお願いします」
「……こちらこそ」
気まずい。会話が続かない。続けたいとも思わないのだけど、何となく立ち去るタイミングを逃してしまった。
菅波は長い腕を持て余すように髪をかき上げた。化粧室に行こうとしていたのか手ぶらだ。
「来る途中に桜があったけど、葉桜だったな。こっちに来たらまだ咲いてるかなと思ってたけど、さすがにもう終わってたね。もう一回花見できるのを楽しみにしてたから残念」
「今年は早かったから。咲くのも散るのも」
訳知り顔で言ってはみたものの、ネットニュースで知っただけで、満開のシーズンには外の景色を眺める余裕などなかった。一年がかりのプロジェクトの大詰めで、システムの本番稼働に立ち会っていたのだ。
「みんなで花見行った?」
「みんなって?」
菅波は綺麗な楕円形の目で、わたしと瑠衣を交互に見た。
「わたしたちのこと?」
「そう」
「ううん、職場では特にしてない」
「そっか」
会社の人間にプライベートを侵食されたくないと考える人間はそれなりにいて、わたしが旗を振ったところで花見会の実現は難しいだろう。最近は上司に生活態度を指導されたのが気に障って会社を辞めてしまう新人もいるくらいだし、どこまで踏み込んでいいか難しい。
じゃあ、と立ち去ろうとしたところで、瑠衣が話を継いだ。
「菅波さん、引越してきたばかりなんですか? 大変ですね」
「育ちはこっちだから、戻ってきたって感じだね。家具は一式買い直したけど」
「そうなんですね。あちらでは毎年、部署の皆さんでお花見してたんですか?」
「お得意さん呼んでやってたよ。いい場所を取るのが新人の仕事」
「恒例行事になってたんですね。わー、盛り上がるんだろうなぁ、楽しそう」
「八木原さんだっけ」
「はい」
「主催してみたら?」
「え、わたしなんて無理ですよ無理。企画力とかないんで」
「そう」
あぁ、この口ぶり。会話の運び。
優しく親しみやすそうなのに、実はすごく冷酷で、容赦なく他人を切り捨てることができる。
高みの見物っぽく楽しそうとか言ってんじゃないよ、低能――そんな風に手のひらを反す姿が目に浮かんだ。

