ひろみがあくびをした。

「寝不足? 二次会も行ったの?」
「いえ、門限があるので」
「そうよね」

 じゃあどうして、と訊ねるより早く、ひろみが言った。

「菅波さんが貸してくださったルービックキューブに夢中になっちゃって。明け方までがんばったんですけど、一面そろえるのもできなくて……後で教えてもらいます」
「菅波に?」
「はい。お話しするきっかけにもなるし」

 菅波の方は話したいと思っているのか、意地悪な気持ちが頭をもたげた。
 洗面所から戻った後も、目の端でひろみを追ってしまう。
 ひろみがルービックキューブを片手に菅波に近づいたのは、昼休みだった。
 コンビニで買ってきたお弁当を食べ終わった菅波が、席に座ったまま何か答える。

「え、すごーい!」

 隣の課まで聞こえる声。
 見なくてもわかる。菅波が鮮やかな手つきで色をそろえたんだろう。
 どれどれ、と岸川課長がのぞき込み、部長までもが「懐かしいな、わりと得意だったんだよ」と参戦する。あっという間に菅波の周りに人だかりができた。

「どうしてそうなるんですか……さっぱりわかりません」
「菅波ぃ、ゆっくりやってくれよ」
「すげーな、そのスピード。神業。反対の面もできる?」

 わいわいと楽しそうな会話が耳に入ってくる。

(これで菅波もうちの課になじんだってことかな)

 輪の中心に菅波がいる。
 小さな立方体が次々とひとの手に渡る様子を思い描きながら、携帯で「ルービックキューブ攻略法」を検索した。