「先生、入ったら怒る?」
準備室、ドアに背を向けて座るその人に声をかけた。
「怒んないよ」
いつもに増してすごく柔らかい声だった。
入ると、今までの先生は準備室に入り浸る人がいなかったから、薬品の匂いやホコリの匂いだったけど、今は先生がいつもここにいるから、心做しか先生の匂いがする。
「なに?」
「いや…これと言って何かあったわけじゃないんですけど……」
「なにそれ…」
そう言って笑った。
今日はいつもよりも本当に柔らかい。優しい。なぜだろうか。
「先生、何かいいことあった?」
「え、ないけど、なんで?」
「いや、何かあったかなー、って」
「なにもないよ」
なぜだか分からない、その時ふと口から漏れてしまったのだ。いつもだったら聞けないようことをポロッと言ってしまったのだ。

「彼女できた?」

「え、いつ俺が彼女いないって言ったの」
「え、だっていっつもうだうだ言ってるじゃないですか」
「それは結婚の話で彼女がいるかいないかは言ってないでしょ」
「じゃあいるの?」
「授業の質問には答えてもプライベートの質問に答える義務はありません」
「ここまで言っておいてそれはない!」
「だいたいなんで知りたいの?」
なんで?
そんなの決まってるじゃないか。
だからといってまさか好きだなんて言えない。
「まあまあ、で?」
「いやいや、だってこれ聞いてどうするの?」
「こ、心に留めておく」
「なにそれ」
そう言ってまた笑った。
笑ってるけどさ、こっちは必死だよ?
「何が変わるの?きいて」
なんで私はこの先の答えを口にしてしまったんだろう。言えるわけないって思ってたのに、どうして言ってしまったのだろう。

「私の気持ちがかわるかもしれない」

「え、なにそれ」
「とーにーかーくー、イエスかノーじゃないですか!」

こんなにしつこくしなければ良かった。あんなこと口にするんじゃなかった。

「じゃあ、イエスって言って離れるんだったらイエス」

ああ、なんて自分は馬鹿なんだ。