「メイベルの記憶を消す……?」
私を囲んだまま消える気配のない炎の向こうで、レックスさんと向かい合って立つルキと、40体の魔獣の隙間からちらりと目が合った。
銀色の瞳を右往左往へ泳がせているルキは、遠目から見てもわかるくらい動揺している。
レックスさんは、私の命を助ける変わりに私の記憶を奪うというの?
エイミーやクラスメイトたちのことも、パパとママのことも、ルキのことも。
大切な人たちと過ごした日々の記憶が、私の中からきれいさっぱりとなくなってしまうというの?
「そんなの絶対に嫌だよ‼辛いこともたくさんあったけど、それでも私にとってはぜんぶ大事な思い出なの!」
エイミーとケンカをしたこと。
ライザに万年最下位だって馬鹿にされたこと。
パパとママが、私の目の前で死んでしまったこと。
そんな嫌な記憶でさえも、私にとっては大切な人たちと過ごした時間の一部であってかけがえのない宝物なんだ。
失ってもいい記憶なんて、嫌な記憶であったとしてもただのひとつもない。
「そうか…。それは残念だな、この俺がせっかく逃げ道を用意してやったっつーのによぉ。じゃあ望みどおり、このまま焼き殺してやろう」
レックスさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
ゆっくりと右手のひらが私へ向けられて、ごくり、と息を飲んだ。
レックスさんの右手のひらが、ぼうっと赤く光り輝きはじめたとき。
「待ってくれ‼あなたの望みを叶えるから……もう二度と逃げたりなんかしないから、頼むからメイベルを傷つけないでくれ‼」
これまで沈黙していたルキが必死な声をあげた。


