「こちらです」
仲居頭の女性に案内されて行ったのは、『特別室』と銘打った部屋。
和洋室でバルコニーが広く、海が遠くまで見渡せる場所だった。
「すみません、こんな上等な部屋を取って頂いて」
急に予約を入れたのに…と申し訳なさそうに彼が言えば、仲居頭の女性は、いいえ…と笑った。
「この部屋はいつも空いてるんです。こんな田舎に大金を落としに来てくれるお客様はなかなかいなくて」
だから気兼ねなくお使い下さい…と言って逃げた。
夏休み中だから彼と別の部屋は期待もしていなかったけどーー。
(そうよね。一般的に考えると同じ部屋になるよね…)
彼とは二度も同じ部屋に泊まる羽目になったけど、二度とも私が普通の状態じゃなかった。
そう思うと、今夜が初めてまともに泊まる夜なんだと思い緊張してくる。
(どうしよう。何を話せば…)
窓辺に向かいながらそう思ってると、座卓に着いてる彼が「明里」と呼んだ。
「は、はい!」
ビクッと背中が伸びて振り返ると、和室にいる彼がキョトンとした顔でこっちを見てる。