「えっ…あの、私はよく存じませんが…」


生まれも育ちも別の場所の私には、その質問は答えようがない。


「そうですか。でも、きっとこの地方の生まれですよ」


町内に月野という地区があり、そこに美しい民話が残されてると聞かされた。


「うちの小早川とも関係のある話でね。一路君はお祖父さんから聞かされたことがあるんじゃないのか?」


出されたお茶を飲んでた彼は支配人に目を向け、ええ、まあ…と囁いた。


「でも、よく覚えてないんです。何せ小学校時代に聞いたから」


「だったら後で民話の本を部屋に届けさせよう。月野さんも一緒に読むといいですよ」


チェックインに来た家族連れの対応に行ってきますと断る支配人に会釈してから見送った。

民話だって、と彼を見ると、難しそうな顔つきで、ああ…と言う。


「思い出そうとしてるの?後から本を読ませて貰えば分かる話じゃないの?」


顔を覗き込めば、そうだけど…と浮かない様子。


「その話に何かあるの?」


もしかして怖い話?と聞くと、いや…と歯切れの悪い返事が戻る。
何だか読みたくないな…と思ってしまい、出されたお茶をズズズ…と啜った。