ーー春の朝ーー前川
駅へのホームへ向かう道、街道には満開の桜が数えきれないくらい並んでいて、大気には無数の桜の花びらが音もなく舞っていて、足元のアスファルトは花びらに覆われていちめんまっ白に染まっていた。空気はあたたかで、空はまるで青の絵の具をたっぷりの水に溶かしたように淡く澄んでいた。

春の風景を眺めながら歩き続け、早朝の駅のホームへ着くと私ーー前川 由依はベンチへ腰掛けた。
今日は始業式、今日から私も高校ニ年になり後輩と先輩に板挟みだ。はぁ、不安しかない。
間も無くしてきた電車に乗り込んで、私は人がほとんどいない電車の中で、私はいつもの場所に座った。

普通の学生なら音楽聴いたりとか、友達とお喋りしたりとかするのだろうが私がいつも電車の中ですることといえば乗ってくる人を眺めることだ。

世の中にはいろんな人がいる。

この電車に乗ってくる人だっていろんな人がいる。メガネをかけてる人。寝癖がついてる人。落ち着いてる人。眠そうな人。急いでる人。

私もその「いろんな」の一人、だから変じゃない。目立ってない。

私はかけていたメガネを外し、持っていたハンカチで拭いた。

眺めているうちに降りる駅に着いた。
私の降りる駅は街の最寄りの駅なので降りる人が多い。近くのドアに人が混雑しているのが見えた私は、少し遠い反対側のドアに向かい、電車を降りた。
駅のホームから出るといつもと変わらない蒼い空がそこにあった。

その蒼い空を少し見つめた後、私は学校に向かって歩き出した。
そう言えば今日、新任の先生が来るって一年の時の担任の彩香先生が言ってたな。
前担任の彩香先生は英語担当で誰にでも優しい美人先生だ。男女生徒ともに人気が高い。

新任の先生どんな人だろう?優しい人だといいなぁ。
と、考えていた時、私はいきなり後ろから腕を掴まれた。え!?
驚いて、後ろを向くと一人の男の人が私の腕を掴んでいた。見た感じ肩で息をしていたので走って追いかけてきたようだ。
私、何かしたかな?……ん?これって…。
私は男の人が手に持っていたハンカチに目がいった。
これ、私のかも。ポケットの中を探してみるとハンカチが無くなっていた。
拾ってくれたんだ。知らない人にここまで必死になってくれるなんて。良い人だなぁ。
私はお礼をしてハンカチを受け取り、少し気恥ずかしくなって小走りでその場を立ち去った。

いい人だったなぁ。新任の先生もあんな感じで優しいと嬉しいんだけど。
私は春の陽気に包まれながら軽い足取りで学校へと向かった。