「俺は、仕事が出来ないからバカだと言ったんじゃない」
「え?」
意外な言葉を向けられ、悔しくて下を向いていた私は思わず顔を上げ、副社長を見つめた。
「何もしていないうちから、緊張しているなんてバカだと言ったんだ。緊張して何も出来ない位なら、やれるだけの事をやって失敗した方が次に繋がる」
真っすぐ私に向けられた副社長の瞳からは、嘘や建前の言葉ではないことが感じ取れる。
さっきまで苦手な嫌な人だと思っていた相手なのに、何の抵抗もなくスッと体の中に入って来た副社長の言葉に。
不思議と緊張していたはずの気持ちが、軽くなるのを感じたから。
身体も同様に軽くなったのだ。
「それに、俺に向かって言い返してくるなんて。緊張しているわりに、イイ度胸をしているじゃないか」
「……あ! すみません」
頭を下げた私の頭に、副社長の手が乗り。
軽くペシッ。と叩かれ「実力の程は、これからゆっくり見せてもらう」と言葉を残し、副社長は会議室のドアを開け中に入ってしまった。
「ちょっ、佳乃! 今の見てたよね? 私、ほぼ初対面の人からゲンコツされたんだけど」
「何よあれ! 副社長だからって何してもいいの?」と一部始終を見ていた佳乃に訴えるも。
返って来た言葉は「あんなの、ゲンコツの内に入らないわよ。まぁ、逆鱗に触れなかっただけでもヨシでしょ」となだめられてしまった。



