「日下部さん、彼氏じゃないし。送って貰う理由がないです」

「じゃあ・・・上司としてか、お兄ちゃんとして」

「どれも嫌ですっ」

人々が行き交う駅の構内で立ち止まる私達。

迷惑になっているのは充分承知しているけれど、手を振り解けない。

「私…ここ何日か、香坂君のアパートから通っています。だから、自分のアパートには帰らないので…」

恥を偲んで話したのだが、何故かクスクスと笑う日下部さん。

「おままごと生活してる訳?まぁ、せいぜい楽しめば良いんじゃない?」

「おままごとじゃないです!」

本当に頭に来て、ついつい声を張り上げてしまって通行人が思わず振り返る。

私は恥ずかしい気持ちでいっぱいになり、赤面してるだろう顔を隠すように下を向いた。

「と、とにかく私は早く帰りたいので。さようなら。良いお年を!」

無理矢理に腕をほどいて改札口へと向かう。

足早に向かいながらスマホを取り出すと、香坂君に忘年会の終了時に『今終わったからもうすぐ帰ります』とメッセージアプリで連絡しておいた返事が返ってきていた。

『待ってるの退屈。心配だしお迎え行くね』の返事と『着いたから改札口辺りで待ってる』と2つのメッセージあり。

お迎え来てくれたんだ!心配だからって、何だか照れてしまうけれど、本当に嬉しい。

日下部さんに心配して貰わなくても、私には香坂君が居るから大丈夫。

鉢合わせにもなるし、鵜呑みにして送って貰わなくて良かったと心底思った。

改札口付近に向かうとキャメル色のダッフルコートに濃紺のニット、黒のパンツを履いた香坂君を発見したので手を振った。

「香坂君、ありがとう」

「お疲れ様。飲み過ぎなかった?」

「飲み過ぎるどころじゃなかった…全然飲んでないよ。疲れたぁ…」

「大変なんだね、会社の飲み会って。帰りながら話聞かせて」

「うん」

改札口を通り、香坂君に近寄ると自然と手を繋いで人混みの中へと消える。

香坂君が社長の息子って聞いたけど、今はまだ知らない振りをしていよう。

仕事に前向きなんだし、今は聞くタイミングではないから───・・・・・・