「日下部さん、俺達帰るから、綺麗事だけ並べてる人達に何か言ってあげたら?俺も複雑だったけど、日下部さんはもっと積もりに積もった気持ちがあるでしょ?
ゆかり、帰ろ」

有澄は紅茶を飲みながら言うだけ言って、急に立ち上がり、私のバッグを手に取ってから私の手を引き玄関まで向かった。

「え!?えっと…ご、ごちそうさまでし、たっ」

咄嗟の事に驚き、有澄に引っ張られるまま外に連れ出された。

辺りはすっかり暗くなり、静かな住宅街の道を歩く。

「…どうしたの?有澄…?」

「んーっ…別に何でもない」

「最後に御挨拶もしないまま、出て来ちゃった…」

「大丈夫だよ、俺が帰りたくなったから帰って来ただけ」

綺麗事って言ってたけれど、義理の兄の存在を隠していた事とか、会社を継ぐ話とか、資産の話とか、その辺の事に対して怒っているのかな?

有澄はこれからも沢山の物を抱えて生きていかなきゃならないんだ。

私が有澄と結婚する事は、とんでもない未知の世界に飛び込もうとしている事だ。

旅館を経営するお家にお嫁に行った佐藤さんの気持ち、今なら理解出来るかも。

私、本当に大丈夫かな?

「俺、5年間って約束でいろはで働く事にしたんだ。ずっと一緒に働けたら良かったけど、花野井グループも手放す事も出来なくて…。この先、ゆかりにも大変な思いさせるかもしれないから嫌だったら…」

「……もしも嫌だったら?もう一緒にいれない?」

有澄は私の右手を引っ張る様に早歩きをしていた為、一歩後ろを歩いていた私は立ち止まる。

有澄は立ち止まらずに自然と繋いでいた手が離れた。

手が離れた事に気付き、立ち止まり振り向いた有澄は・・・、

「ゆかりと一緒に居れないなら全部捨てるよ。だから、一緒に居てください!」

と言って再び左手を差し出したので、駆け寄って右手でしっかりと握る。