第二話 気持ちの拠り所

「詩音ちゃんっ!」

たたた…と廊下の向こうから瑠璃が駆けてくる

「瑠璃?」

「どうしよう詩音ちゃん!

僕、さっきの移動教室で何処かに落し物しちゃって…」

泣きそうな顔で訴える瑠璃

「…もう、分かったわよ。
今日は部活も無いし、放課後一緒に探してあげる」

ふう、とため息をついて了承する

「ほんと?!詩音ちゃんありがとう!」

嬉しそうに、無邪気に瑠璃は笑った

「…たまたま、部活が無かっただけ感謝しなさいよね」

「うん!」

夏の大会で部活を引退していた詩音

しかしその後も後輩の育成のために時々コーチとして部活に出ていた

「…ほんと、手のかかる幼馴染み」

ぼそっと呟き、踵を返す

「詩音ちゃん…」

残された瑠璃の声だけが廊下に虚しく響いた


そのままトイレに向かった瑠璃

ポケットから、一枚の紙を取り出す

「進路…どうしよう」

瑠璃もまた、進路に悩んでいた


特にやりたい事がある訳でもなく、
これといった特技も無い

幼い頃から詩音の後ろをついて行くばかりで…
自分の事でさえ、詩音の方が詳しいと思うほどだった

「詩音ちゃんは…医療関係に進みたいって言ってたけど…」

詩音らしいと小さく笑う

気の強い所も、
何だかんだ世話焼きな所も…

「頼もしいなぁ、詩音ちゃんは」

比べて自分はどうだろう?

すぐにものを無くすし、
勉強は出来るけど運動音痴で。

おまけに優柔不断だから選択を迫られた時、いつも詩音が横から選んでくれる

「…一番無くしちゃいけない物ですらなくすなんて…本当にどうしようもないな、僕」

両手で目元を覆い、視界を閉じた


ー…放課後


「…それで?
瑠璃は一体何を無くしたのよ」

「キ、キーホルダーなんだけど…
このくらいのやつ」

手で大きさを表す瑠璃にまたため息

「キーホルダーくらい、また買えばいいじゃない
わざわざ放課後に残って探さなくても…」

「それじゃだめなんだ!!」

「!」

珍しく、瑠璃が叫んだ

「…っあ、ご、ごめん…」

「…そんなに、大事なもの?」

「…うん」

くるっと瑠璃に背を向ける詩音

「…さっさと見つけて、帰ろう」

そのまま歩き出した詩音は目を凝らして手前の廊下付近から探し始めた

「詩音ちゃん…」

何だかんだ言いつつ、詩音は本当に面倒見が良い

面倒くさいだのだるいだの

言葉では何と言おうと最終的には手を差し伸べてくれる

「…甘えすぎてる、かな」

今更ながらにそれを感じ、苦笑いする

詩音同様に、瑠璃も探し始めた


あれから探すこと約三時間…

「全然見つかんないんだけど…」

「…」

詩音の額には汗が浮かんでいた

「んー…もう暗くなるし、明日また探さない?
お母さんたちも心配するだろうし…」

「…っ、!

…そう、だね……」

諦めきれないといった表情をしたものの、外は既に薄暗くなっていた

「ほら、荷物まとめて帰るわよ」

詩音が肩から鞄を下げて前を歩く

「…」

「…瑠璃?」

「…詩音ちゃん、」

「?どうしたの」

口を開き、何かを言いかける

「…っ、……」

しかし再び口を閉じ、首を横に振る瑠璃

「えと…詩音ちゃんは進路、どうするのかなって」

言いたいことはこれじゃない

詩音も気付いているのだろうが深入りはしなかった

「んー…医療関係に行きたいなーっていうのは今朝も聖と話をしたんだけど…
まだ何になりたい!っていうのが決まらなくて」

瑠璃は?と尋ねられるも、全く思い浮かばない

「…まだ全然、決まってなくて」

「もうっ!瑠璃のやりたい事で良いんだよ?

瑠璃は“男の子”なんだから、これからはちゃんと自分の力で決断していかなきゃ」

それに、と詩音が付け加える

「いつまでも、私が傍に居てあげられるわけじゃないしさ」

少し寂しそうに、詩音は笑った

「そうだな〜…まあまだ次は高校生だし?普通に学校生活を楽しむのも良いんじゃない?」

「高校生…」

「私みたいに専門の所へ行かなくたって、十分自分の力になると思う」

青春ってやつ!

「そこで自分のやりたい事や夢が見つかるかもだしさ」

いつだって前向きな詩音には、一切の迷いが無かった

そんな詩音が、瑠璃は心底羨ましかった

迷いのない真っ直ぐな詩音が、

いつだって前向きに歩く詩音が。


そんな詩音の泣き顔を見たのは、それからすぐの事だった

「うっ…うっ…」

「ちょっと、泣かないでよ…」

「まだお若いのに…」

瑠璃は、衝撃を受けた

目の前には喪服を着た沢山の人がいて、

その中心には、詩音たちのお父さんがまるで眠っているかのように沢山の花に囲まれていた

「だから私は反対したんだよ!
こうなる前に、ちゃんと注意したのに…!!」

詩音の祖母らしき人が怒りを爆発させながら現れる

「お義母さん、もう良してください…
あの人も、そんな事望んでません」

「望んでない?…そんなわけあるかい!
あの子はね、私の反対を押し切ったんだ。そうだろう!」

ついていた杖を横暴に振り回し、多恵を困惑させる

多恵は散々泣いたのか、泣き腫らした顔はやつれているようにも見えた

「…おばあちゃん、ちょっと静かにして」

口を挟んだのは、聖だった

「聖までそんな事を言うのかい?

…全く、親の育て方が悪いんじゃないのかい」

ジロっと多恵を睨みつけ、元来た方へと付き添いの人と消えていった

「…聖、ごめんね」

多恵が悲しげな瞳で聖の頭を撫でる

「大丈夫」

はっきりとそう告げ、真っ直ぐに多恵を見据えた

「…」

聞いた話によると、多恵と詩音たちの父親は駆け落ちしたらしい。

詩音たちの父親の家は厳しく、先程現れた詩音の祖母がいい相手を見つけてきたにも関わらず、父親はそれを跳ね除けたらしい

その上、多恵と結婚すると多恵を家に連れてきた

それには祖母も大激怒。

家を出て行けと言われ、多恵と駆け落ち

それからかなり苦労したらしいが…祖母に何とか認めてもらうことができ、今に至るという

「…」

何て声をかけたらいいのか

瑠璃は、背中越しの詩音を見つめることしか出来なかった


詩音たちの父親の死因は、飛行機の墜落事故だった

この事故で多くの死傷者が出て連日のニュースでも大きく取り上げられた

各地を転々と単身赴任で仕事をしていた詩音たちの父親

次の転勤先へ行く途中、この事故に巻き込まれたらしい

不運の事故で沢山の犠牲者が出てしまった今回

航空会社からは、謝罪があったそうだ

「し、詩音ちゃ…」

どうにかしてあげたいと、詩音を呼ぶ

「…っ、!!」

振り向いた詩音は、大粒の涙を流していた

「…るり……」

か細く自分の名前を呼ぶ詩音

見ていられず、その場から詩音を連れ出した


「…っ、…っく…ひっく……」

嗚咽混じりに泣きじゃくる詩音を優しく抱きしめる瑠璃

「…」

辛いだろうな

苦しいだろうな…

いくら単身赴任だったとはいえ、父親の事が大好きだった詩音

離れていても、一日たりとも連絡を欠かさなかったらしい

長期休みやゴールデンウィークには手紙やプレゼントをダンボールいっぱいに詰めて送り、父親を喜ばせていた詩音

どんなに遠く離れていても、その気持ちは変わらなかった

「…ひっく…る、り…」

「…」

「…ごめ、…ごめんね……」

何で謝るの?

詩音は、何も悪いことをしていないのに

「ごめん…ひっく…ごめんね…瑠璃」

「詩音ちゃん…」

まだ中学生の瑠璃には、優しく抱きしめることしか出来なかった


翌日。

詩音が隣からやって来た

「瑠璃、あたし医者になる!」

唐突な宣言だった

「医者になって、沢山の人を助けたい。
これからきっと、医療はどんどん発達する

…一人でも多くの人を、助けたいの」

真っ直ぐな瞳で、一点の曇りも無かった