ただでさえ笑い女を怖がっている大村が、こんな至近距離で当の本人と向かい合うのは絶対にまずい。

少しすると、笑い女はスーパーとは逆の方向に笑いながら去って行った。

立ち去り際に、笑い女の顔が俺の方を向いた。

俺はそれまで笑い女を遠巻きに見たことはあっても、あんな至近距離で真正面から見るのは初めてだった。

口はにんまり開かれているのに、ボサボサの髪の中に見えるこちらを向いている目は全然笑っていない。

でも、怖いと思ったのはそんなことではなく、笑い女の口そのものだった。

涎が唇の端で泡になっている笑い女の口には、歯が無かった。

それから後、俺は随分自分勝手なことをしたと思う。

何も知らずにまだ震えている大村を、無理矢理バスに乗せて一人で帰らせた。

もう、その時の俺にとって、大村の妄想などはどうでも良かった。

ただただ自分が見たものの気味悪さが恐ろしくて、早く自分の部屋に帰りたいという一心だった。

その日以来、大村は会社に出て来なくなった。

最初はみんな、「あいつ、この年末にサボりかよ」と言っていたけど、あまりにも無断欠勤が続いたから、いくら何でもこれはおかしいという話になった。

そして、大村が死んだことが判ったのが、先週の金曜。

今となっては、大村も気付いていたのかは分からないけど、俺にははっきり分かっていることが一つだけある。

笑い女の「いひゃっいひゃっいひゃっ」というのは、笑い声なんかじゃない。

よく聞くと、「居た、居た、居た」と言っている。