今になって思えば、その時の大村はかなり酔っていたんだと思う。

「ちょっと、からかって来るわ」と言って、笑い女に近寄って行った。

俺も酔っていたんだと思う。何しろ、大村のことを止めようとはしなかったから。

「なぁ、おい、アンタ。何がそんなにおかしいんだよ」

大村は、ぶっきらぼうな口調で笑い女に声をかけた。

けれど、笑い女は答えない。

「いひゃっいひゃっいひゃっ」

と笑うばかりだ。

「おい、答えてみろって。世の中、こんなに不景気だっつーのに、何を楽しそうにしてやがんだ」

大村はそんな内容のことを言っていた。

多分、それまでは俺と一緒に陰口を叩くことで発散していたものが、酔いのせいで他人にまで向いたのだと思う。

やっぱり、笑い女は「いひゃっいひゃっいひゃっ」と笑うだけで、何も答えない。

そんなことを暫く繰り返してから大村は

「何だよ、こいつ、つまんね。おい、もう行こうぜ」

と言って、不機嫌そうにその場から離れた。

俺らは買い物カゴにスナック菓子などを詰め込んでから、酒の並んだ棚に行った。

大村はすぐに缶ビールを手に取っていたけど、俺はビールに飽き始めていたから、チューハイをじっくり選ぶことにした。

その時、大村が「うおっ」という叫び声を上げた。

何かと思って振り返ると、大村と笑い女が至近距離で向き合っている。

例の「いひゃっいひゃっいひゃっ」という声と一緒に、女の口から大村の顔に唾が飛んでいるのが見えた。

それから、大村が両手を突き出して笑い女を押し倒すまでは、一瞬だった。

笑い女はフラフラと倒れて、ペタンと尻餅をついて、それでも「いひゃっいひゃっいひゃっ」と笑い続けていた。

買い物客や店員が遠巻きに二人を眺めていて、俺も気まずくなってきたから、適当にチューハイを選び、大村と一緒にそそくさと会計を済ませた。

笑い女に謝ろうかとも思ったけど、事情がよく判らないし、俺が謝るのも変な気もしてやめておいた。

何があったのか大村に聞くと、

「お前が酒選んでるの眺めてボーッとしてたら、耳元で気持ち悪い笑い声が聞こえた。驚いて振り返ったら、すぐ目の前にあの女の顔があった」

それで、気味が悪かったから咄嗟に突き飛ばしたということらしい。

それから、「よく見たらあいつ・・・」って何か付け加えかけたんだけど、途中で口篭って、最後まで聞かせてくれなかった。