店に入るとすぐに大村が「おい、何だよ、あれ」とニヤニヤしながら聞いてきた。

指差す先を見ると、ボサボサの髪を腰まで垂らした女が、買い物カゴをぶら下げて野菜を選んでいた。

別に何の変哲もない、よくある光景だ。

ただ一つ変わっているとしたら、女が大声で笑っていることだけ。

レタスを手に取りながら

「いひゃっいひゃっいひゃっ」

と笑っているだけ。

それすらも、俺にしてみればやっぱり何の変哲もない、よくある光景だ。

「ああ、あれ。笑い女だよ」

説明しておくと、笑い女は近所では有名な人物。

パッと見にはごく普通の若い女で、取り立ててどうこう言うべきところもない。

確かに、腰まである髪は痛み切っていてボサボサだけど、そんな女はどこに行ってもいると思う。

ただ、笑い女の変わっているところは、その呼び名通りに、いつも笑っているところ。

「いひゃっいひゃっいひゃっ」という、何かから空気が漏れるような、それでいてちょっと湿った感じの独特な笑い声を撒き散らして、口の端から涎を垂らしている。

だからみんな『笑い女』とか、レジ打ちのおばちゃんも『お笑いさん』とか呼んでいる。

ただそれだけの存在だ。

キチガイ風でもあるけど、笑い声さえ気にしなければ、誰に迷惑を掛ける訳でもないから、周りはあまり気にしない。

気にしたとしても、『嫌な物を見た』と少しの間思うだけで、すぐに見て見ぬふりをする。