「晴香ちゃんさ、大丈夫?」
「えっ…何のことですか?」
「なんか最近顔色悪いし、この前は珍しく遅刻するし、今だって明後日の方向見てる感じするんだけど…」
「そうですか?」
さすがマスターの孫。
勘が鋭い。
私が何を隠そうと、もしかしたら結構気づいているのかもしれない。
私はこれ以上悟られないよう、背筋をピンと伸ばしてチョコの湯煎を続けた。
意外と根気の要る作業に半ば疲れてきていたが、マネージャー業務も行っているため、体力にはそれなりに自信がある。
なんとか持ちこたえられそうだ。
「晴香ちゃんって、バスケ部のマネージャーになったんだっけ?」
「はい、そうです。大変ですけど、楽しいですよ」
「ホントに?ホントにそう言い切れる?」
日向さんが真剣な眼差しを私に向けた。
パリコレに出ていると言っても過言ではないほどの抜群のスタイルを持ち、日本人離れした端正な顔立ちの成人男性にこんなにも長く見つめられたことがなかった私はまごついた。
それに、彼が醸し出す威圧感に恐れおののいていたこともあって、流暢に言葉が出てこず、しばらく手元のチョコが入ったボウルをじっと見つめていた。
長い沈黙の後、口を切ったのは日向さんだった。
「晴香ちゃん、こんなこと本当は言いたくないんだけどさ…」
お互い、息を呑んだ。
もはや、楽しいチョコ作りではなくなっていた。
「マネージャーかバイト、どっちか辞めた方が良いよ」
「えっ…」
「晴香ちゃん、無理してる。両立なんて正直、厳しいと思う。男ならまだしも、女の子だし…。無意識にストレス感じてるんじゃないかな?前より本当に疲れて見えるんだよね」
「そんなことありません!私は大丈夫です!私…どっちも楽しいので、どっちもやれます!絶対、やり抜きます!」
日向さんが私を思って言ってくれているのは伝わってきたが、私にはどちらも大事なんだ。
自分の存在意義を見出すためには、必要なことなんだ。
だから、どちらも失いたくない。
二兎追って二兎とも手に入れたい。
「なんか、ごめんね。余計なこと言っちゃったわ。気を取り直して…レッツクッキング!!」
鼻歌を歌いながら、日向さんはチョコ作りを再開する。
手先は私より器用で、次々と工程をクリアして行く。
型にチョコを流し込み、冷蔵庫に入れ、作業終了。
後は固まるのを待ち、明日の朝、早めにここに来て最後の仕上げをする。
「お疲れ、晴香ちゃん。今、コーヒー淹れるから飲んでいきなよ」
「あっ…ありがとうございます」
日向さんが1人カウンターに立ち、コーヒー豆をゆっくり引く。
どこか似ているようで似ていない景色に、私はここにいる時には感じたことがなかった感情を抱いていた。
ーー疎外感と孤独感。
感じてしまうと、捕らわれて、もう2度と純粋な目では見られなくなる。
カフェさくらは私の居場所だった。
1番安心していられる場所だった。
それなのに…
私はここにはいなくても良い存在になってしまったのだろうか。
考えたく無いのに、頭の中心に浮かんできてしまう。
気がつくと私は席を立っていた。
「この後用事があるのでもう帰ります。明日の朝、必ず取りに来ます。今日は教えて下さり、ありがとうございました」
深々と一礼し、私は店を去った。
振り返ると、古びた雑居ビルの一階だけに灯りが煌々と点いていた。
所々ヒビがあって、植物のツルが壁に張り付いていて、もともとの壁の色はもう分からない。
そんなカフェさくらが好き。
大好き。
でも…
私はもうここには居られない。
私の居場所はもう無い。
こんなにも息苦しく駅前を歩いたことは今までなかった。
「えっ…何のことですか?」
「なんか最近顔色悪いし、この前は珍しく遅刻するし、今だって明後日の方向見てる感じするんだけど…」
「そうですか?」
さすがマスターの孫。
勘が鋭い。
私が何を隠そうと、もしかしたら結構気づいているのかもしれない。
私はこれ以上悟られないよう、背筋をピンと伸ばしてチョコの湯煎を続けた。
意外と根気の要る作業に半ば疲れてきていたが、マネージャー業務も行っているため、体力にはそれなりに自信がある。
なんとか持ちこたえられそうだ。
「晴香ちゃんって、バスケ部のマネージャーになったんだっけ?」
「はい、そうです。大変ですけど、楽しいですよ」
「ホントに?ホントにそう言い切れる?」
日向さんが真剣な眼差しを私に向けた。
パリコレに出ていると言っても過言ではないほどの抜群のスタイルを持ち、日本人離れした端正な顔立ちの成人男性にこんなにも長く見つめられたことがなかった私はまごついた。
それに、彼が醸し出す威圧感に恐れおののいていたこともあって、流暢に言葉が出てこず、しばらく手元のチョコが入ったボウルをじっと見つめていた。
長い沈黙の後、口を切ったのは日向さんだった。
「晴香ちゃん、こんなこと本当は言いたくないんだけどさ…」
お互い、息を呑んだ。
もはや、楽しいチョコ作りではなくなっていた。
「マネージャーかバイト、どっちか辞めた方が良いよ」
「えっ…」
「晴香ちゃん、無理してる。両立なんて正直、厳しいと思う。男ならまだしも、女の子だし…。無意識にストレス感じてるんじゃないかな?前より本当に疲れて見えるんだよね」
「そんなことありません!私は大丈夫です!私…どっちも楽しいので、どっちもやれます!絶対、やり抜きます!」
日向さんが私を思って言ってくれているのは伝わってきたが、私にはどちらも大事なんだ。
自分の存在意義を見出すためには、必要なことなんだ。
だから、どちらも失いたくない。
二兎追って二兎とも手に入れたい。
「なんか、ごめんね。余計なこと言っちゃったわ。気を取り直して…レッツクッキング!!」
鼻歌を歌いながら、日向さんはチョコ作りを再開する。
手先は私より器用で、次々と工程をクリアして行く。
型にチョコを流し込み、冷蔵庫に入れ、作業終了。
後は固まるのを待ち、明日の朝、早めにここに来て最後の仕上げをする。
「お疲れ、晴香ちゃん。今、コーヒー淹れるから飲んでいきなよ」
「あっ…ありがとうございます」
日向さんが1人カウンターに立ち、コーヒー豆をゆっくり引く。
どこか似ているようで似ていない景色に、私はここにいる時には感じたことがなかった感情を抱いていた。
ーー疎外感と孤独感。
感じてしまうと、捕らわれて、もう2度と純粋な目では見られなくなる。
カフェさくらは私の居場所だった。
1番安心していられる場所だった。
それなのに…
私はここにはいなくても良い存在になってしまったのだろうか。
考えたく無いのに、頭の中心に浮かんできてしまう。
気がつくと私は席を立っていた。
「この後用事があるのでもう帰ります。明日の朝、必ず取りに来ます。今日は教えて下さり、ありがとうございました」
深々と一礼し、私は店を去った。
振り返ると、古びた雑居ビルの一階だけに灯りが煌々と点いていた。
所々ヒビがあって、植物のツルが壁に張り付いていて、もともとの壁の色はもう分からない。
そんなカフェさくらが好き。
大好き。
でも…
私はもうここには居られない。
私の居場所はもう無い。
こんなにも息苦しく駅前を歩いたことは今までなかった。



