「はい」

「あっ…ありがとう」


遥奏くんが私に大判焼きをくれた。

私は実は、大の和菓子好き。
あんこたっぷりの大判焼きはその中でも1、2を争う強者。

自然と顔がほころぶ。


「なんか、蒼井さんって…可愛いよね」

「えっ…」

「いや…その…なんて言うか…。その…やっぱ、何でも無い」


何でも無い、って私の耳にはちゃんと届いてしまったんだけれど…

彼は右往左往して目のやり場に困っていた。
そんな様子もまた愛おしくて、何十秒間も見つめてしまう。

私の視線に気付いた遥奏くんの透き通った瞳に私が写り込む。


捕らえられた私は息を呑んだ。


「蒼井さん、早く食べて。オレ、行きたい場所が在るんだ」


そう言って終わりかと思ったが、更に私は追い詰められ、崖っぷちに立たされているような恐怖が襲って来て、身が縮こまる。

でもそれは程よい恐怖で、少しの高揚感さえも覚えるものだった。


「早くしないと、お仕置きするよ」


私は呼吸が正常に出来ない状態で、大判焼きを口いっぱいに詰め込んだ。

もちろん味わうことは出来なかった。 

ただ、あんこの甘さと遥奏くんの甘過ぎる声が、私の朦朧とした意識の中で鮮明だった。


「よし!行こう!」


彼に右腕を握られながら私は賑わう会場を後にした。