HARUKA~恋~

「お待たせしました。カルボナーラになります」


遥奏くんの目の前に、できたてで湯気が入道雲のように立っているカルボナーラが登場した。


「先、食べて良い?」

「もちろん、良いよ」

「ありがと、じゃあ…いただきます!」


遥奏くんは上品にフォークでくるくるパスタを巻き取り、口に運んだ。

口に入れた瞬間、彼の目がカッと見開かれ、その後アヒル口になってその美味しさが伝わってくる。

女の子みたいな可愛い反応に、みている私までにんまりしてしまった。


「うんまい!!幸せだよ!久しぶりに食べたから上手さ倍増!この濃厚さがたまらないんだよなぁ…」


彼がカルボナーラを味わっていると、私の注文したフレンチトーストが運ばれて来た。


「パスタ屋でフレンチトースト頼むって邪道だな」

「良いじゃん。食べたかったんだから」


私はこれから生まれて初めてフレンチトーストを食べるのだ。

いくら遥奏くんでも、邪魔したら許さないよ。

私はフォークとナイフを持って慎重に切る。


「蒼井さん、フォークとナイフ逆じゃない?」

「ああ…。言ってなかったけど、私、左利きなんだ。だからこれが普通」

「へえ、左利きか…。珍しいね」


女性の左利きがかなり珍しいということは最近独自に調べて分かった。

スマホが普及していなかったらずっと知らずに過ごしていたのかも知れない。

まず左利きは女性より男性の割合が圧倒的に多く、2倍以上いるらしい。

日本人は世界的に見たら全人口の12パーセントと割と多い。

アメリカやイギリスは矯正されて両手利きの割合が何と約30パーセント。
国民の3割が両手利きなんて格好良すぎる。
羨ましい限りだ。


私は両親に矯正されることも無く、左利きで今日まで生活してこれて貴重な人間なんだなと思った。
ありのままの私を大事にし、受け入れてくれた両親にはとても感謝している。

ただし、あのことを除いて…。


「蒼井さん、フレンチトースト、ちょっともらっても良い?オレのもあげるから」


…男子の分をもらう?!


そんな大それたことしたことが無い私は火が出るんじゃないかと疑いたくなる位一気に顔に血が巡り、熱々になった。


「蒼井さん、大丈夫?」

「ああ、うん。私も遥奏くんのカルボナーラ食べたいな…と思ってたから」


遥奏くんのカルボナーラ…

なんか、最初から食べかけもらう気満々でした!みたいな良い方。

欲丸出し。

自分の言ったことが恥ずかし過ぎて、もう俯くしかなかった。


「蒼井さん、はい」


皿の上にお裾分けのカルボナーラがちょこんと乗った。

私はこの一口を相当な覚悟を持って口に入れなくてはならない。

不自然に思われないよう細心の注意を払って口に入れた。







…これは!!






「美味しい!こんな美味しいカルボナーラ、初めて食べた!いつも自分で作ってるけど、ケタ違い。…ああ、もっと食べたかった」

「次来た時頼めば良いじゃん。しかも蒼井さん、料理上手だから、絶対旨いの作れるよ」







遥奏くん…






私を殺す気?





次もあるの?

料理上手って、この前置いていった弁当食べてくれたってこと?




私はもう耐えきれなくなって、意味も無く笑い出した。


「アハハ、アハハ、アハハハハ!」

「何笑ってるの?オレ、何か変なこと言った?」


おかしな反応を見せる私に連動して遥奏くんも笑い出した。
彼なんてお腹を抱えて笑っている。

初めて彼の本当の笑顔を見られた。

心から笑うと彼はこんな表情をするんだ。




きっと、いじめられてから今日まで100回以上泣いただろう。

だったら、これからは私が100回、
いや1000回笑わせたい。
時には、遥奏くんが大好きで、たぶん一番彼をよく知っている宙太くんにも手伝ってもらって…。







落ち着きを取り戻して、テーブルの上に視線を移した時には、既にカルボナーラは伸びきってしまっていた。