4月下旬。
新しいクラスメートのムードメーカーとトラブルメーカーは把握し始めた頃。
健康記録簿を担任に提出しに行った時のこと。
私はいつも通り「お疲れ様」と言われ、軽く会釈をすると踵を返した。
そうしたら、担任の岡安先生が呼び止めたんだ。
「何か間違ってましたか?」
「いやあ、そうじゃなくて…」
岡安先生はどう切り出せば良いか数秒間悩んでから、私を真っ直ぐ見つめて話し出した。
「阿部くんのことなんだけど…。なんて言うか、その…保健室登校してるんだよね。バスケ部で色々あったらしくて、俺もまだ把握仕切れてないんだけど…、とにかく、蒼井さんには彼の力になってもらいたいんだ。同じ名前に同じ委員会。なんとか話題はあると思う。毎日じゃなくて良い。いやあ、でも…毎日の方が良いかなぁ。彼の所に行ってコミュニケーションを取ってほしいんだ。勿論、俺もできる限り行くから。だから…お願いしても良いかな?」
随分と巧妙な手口を使ってきたなと思った。
新米教師は、教育学部でみっちり現在の教育たるものを学んできたに違いない。
抜かりない策謀に私は脱帽した。
つまり私はまんまと教師にはめられたのだ。
結局、断る理由もなかったため、私は毎日保健室に行くことを義務付けられてしまった。
いつ行くかは自由に決めて良いと言われたものの、昼休みか放課後くらいしか時間が無い。
どちらかしか選択肢は無かった。
初めて彼の所に足を運んだのは担任から直談判された日の放課後。
バイトがあったから、ちょっと話したら帰ろうと軽い気持ちで行った。
ドアをノックしたものの中から返事は無い。
養護教諭は不在らしい。
そもそも、放課後なんだから帰ってしまったかもしれないのに、何で私は来たのだろうと今更ながら後悔した。
寝ている可能性も考えて、恐る恐るドアを開け中に入ると、保健室のあの独特な匂いが鼻を刺激した。
「クシュン」
思わずくしゃみをしてしまい、起こしていないか心配になる。
しかし、物音が鳴り出すことは無く、静寂なまま時計の針だけがカチカチと音を鳴らしていた。
入学して初めて入った保健室を興味津々に見回すと、窓際のベッドにカーテンがかかっていた。
あそこか…
まるでかくれんぼをしていて隠れている友達を見つけた時のように高揚した。
多分、見たことない人に興味があったんだと思う。
迷惑がっていながら、楽しんでいるのもまた紛れも無い事実だった。
差し足忍び足でそこに近づき、そっとカーテンを開ける。
スー、スー、スー、スー…
気持ちよさそうに眠る彼は天使のようだった。
想像を遙かに越えるイケメンが目の前で眠っていることに少しドキドキした。
いや、かなりドキドキした。
男の子と言うよりもお姫様のようで、なんだかずっと眺めていたくなってしまった。
私の理性に急ブレーキがかかってしまった瞬間だった。
もう少し、近づいても良いかな?
カーテンを数十センチ動かし、中に入り、ゆっくりと近づく。
―――――と、その時だった。
「遥奏~!」
インベーダーがやってきてしまった。
私は慌てて出ようとするとこちらに向かって来た男子と鉢合わせした。
「ええーーーーー?!」
男子は大パニック状態に陥り、大声を挙げる。
完全に保健室だと言うことを忘れた言動に、私は逆に呆れて、驚くことを忘れてしまった。
「っせーなあ」
カーテンの先から声が聞こえた。
遥奏くんの声を初めて聞いたのは、この時だった。
「おいおい、遥奏、遥奏!!」
男子が猛ダッシュで彼に突進して行く。
だから、ここ保健室なんだけど…
「お前、いけないことしてないよな?!」
「はあ?オレ、そんな元気ねえし」
「おい、それ嘘じゃないよな?本当だよな?」
インベーダーが問い詰めるも、彼は本当に疲れきっているようで、私はなんだか可哀想になり、インベーダーを保健室の外に無理やり連れ出した。
「あんたさぁ、遥奏の何?」
廊下に出るや否や、今度は私に噛みつく。
「私は岡安先生に頼まれてここに来ただけ。保健委員だから様子見に行ってほしいって。ただそれだけ」
「だよな~。遥奏がこんな地味女と遊ぶ訳ないよな~。良かった、良かった!」
何が良いの?
しかも、私のこと、けなしてるし。
これ以上話す必要も無いと悟った私は彼に背を向け、歩き出した。
「おいおい、待てよ!話、まだ済んでねえよ!」
彼はしつこく付きまとってくる。
昨年の“ヤツ"と同じ匂いがした。
“狙った獲物は逃がさない精神”がきっとこの人にも備わっているのだろう。
「地味子さん、俺と協力しない?」
「えっ?」
「俺と協力して、遥奏を教室に戻そう!」
予想だにしない展開に呆然とする。
協力って、何をどうするの?
疑問符が頭の上にポーンと乗っかった。
「俺の名前は長内宙太(おさないそらた)。そっちは?」
「蒼井晴香」
「えっ!?晴香!?マジか…。遥奏と同じ名前!?まあ、いい。今日からよろしくな!」
最初の印象は強引、傲慢、ディスり男。
それが宙太くんとの出会いだった。
新しいクラスメートのムードメーカーとトラブルメーカーは把握し始めた頃。
健康記録簿を担任に提出しに行った時のこと。
私はいつも通り「お疲れ様」と言われ、軽く会釈をすると踵を返した。
そうしたら、担任の岡安先生が呼び止めたんだ。
「何か間違ってましたか?」
「いやあ、そうじゃなくて…」
岡安先生はどう切り出せば良いか数秒間悩んでから、私を真っ直ぐ見つめて話し出した。
「阿部くんのことなんだけど…。なんて言うか、その…保健室登校してるんだよね。バスケ部で色々あったらしくて、俺もまだ把握仕切れてないんだけど…、とにかく、蒼井さんには彼の力になってもらいたいんだ。同じ名前に同じ委員会。なんとか話題はあると思う。毎日じゃなくて良い。いやあ、でも…毎日の方が良いかなぁ。彼の所に行ってコミュニケーションを取ってほしいんだ。勿論、俺もできる限り行くから。だから…お願いしても良いかな?」
随分と巧妙な手口を使ってきたなと思った。
新米教師は、教育学部でみっちり現在の教育たるものを学んできたに違いない。
抜かりない策謀に私は脱帽した。
つまり私はまんまと教師にはめられたのだ。
結局、断る理由もなかったため、私は毎日保健室に行くことを義務付けられてしまった。
いつ行くかは自由に決めて良いと言われたものの、昼休みか放課後くらいしか時間が無い。
どちらかしか選択肢は無かった。
初めて彼の所に足を運んだのは担任から直談判された日の放課後。
バイトがあったから、ちょっと話したら帰ろうと軽い気持ちで行った。
ドアをノックしたものの中から返事は無い。
養護教諭は不在らしい。
そもそも、放課後なんだから帰ってしまったかもしれないのに、何で私は来たのだろうと今更ながら後悔した。
寝ている可能性も考えて、恐る恐るドアを開け中に入ると、保健室のあの独特な匂いが鼻を刺激した。
「クシュン」
思わずくしゃみをしてしまい、起こしていないか心配になる。
しかし、物音が鳴り出すことは無く、静寂なまま時計の針だけがカチカチと音を鳴らしていた。
入学して初めて入った保健室を興味津々に見回すと、窓際のベッドにカーテンがかかっていた。
あそこか…
まるでかくれんぼをしていて隠れている友達を見つけた時のように高揚した。
多分、見たことない人に興味があったんだと思う。
迷惑がっていながら、楽しんでいるのもまた紛れも無い事実だった。
差し足忍び足でそこに近づき、そっとカーテンを開ける。
スー、スー、スー、スー…
気持ちよさそうに眠る彼は天使のようだった。
想像を遙かに越えるイケメンが目の前で眠っていることに少しドキドキした。
いや、かなりドキドキした。
男の子と言うよりもお姫様のようで、なんだかずっと眺めていたくなってしまった。
私の理性に急ブレーキがかかってしまった瞬間だった。
もう少し、近づいても良いかな?
カーテンを数十センチ動かし、中に入り、ゆっくりと近づく。
―――――と、その時だった。
「遥奏~!」
インベーダーがやってきてしまった。
私は慌てて出ようとするとこちらに向かって来た男子と鉢合わせした。
「ええーーーーー?!」
男子は大パニック状態に陥り、大声を挙げる。
完全に保健室だと言うことを忘れた言動に、私は逆に呆れて、驚くことを忘れてしまった。
「っせーなあ」
カーテンの先から声が聞こえた。
遥奏くんの声を初めて聞いたのは、この時だった。
「おいおい、遥奏、遥奏!!」
男子が猛ダッシュで彼に突進して行く。
だから、ここ保健室なんだけど…
「お前、いけないことしてないよな?!」
「はあ?オレ、そんな元気ねえし」
「おい、それ嘘じゃないよな?本当だよな?」
インベーダーが問い詰めるも、彼は本当に疲れきっているようで、私はなんだか可哀想になり、インベーダーを保健室の外に無理やり連れ出した。
「あんたさぁ、遥奏の何?」
廊下に出るや否や、今度は私に噛みつく。
「私は岡安先生に頼まれてここに来ただけ。保健委員だから様子見に行ってほしいって。ただそれだけ」
「だよな~。遥奏がこんな地味女と遊ぶ訳ないよな~。良かった、良かった!」
何が良いの?
しかも、私のこと、けなしてるし。
これ以上話す必要も無いと悟った私は彼に背を向け、歩き出した。
「おいおい、待てよ!話、まだ済んでねえよ!」
彼はしつこく付きまとってくる。
昨年の“ヤツ"と同じ匂いがした。
“狙った獲物は逃がさない精神”がきっとこの人にも備わっているのだろう。
「地味子さん、俺と協力しない?」
「えっ?」
「俺と協力して、遥奏を教室に戻そう!」
予想だにしない展開に呆然とする。
協力って、何をどうするの?
疑問符が頭の上にポーンと乗っかった。
「俺の名前は長内宙太(おさないそらた)。そっちは?」
「蒼井晴香」
「えっ!?晴香!?マジか…。遥奏と同じ名前!?まあ、いい。今日からよろしくな!」
最初の印象は強引、傲慢、ディスり男。
それが宙太くんとの出会いだった。



