「遥奏~、拾え!!」
宙太くんの声が大きすぎて右耳が痛い。
少しは隣で見ている私の身にもなってほしい。
「よし!ナイス!」
遥奏くんは私との約束をしっかり守り、午前中とは打って変わって生き生きと試合に臨んでいた。
「かっけーとこは全部持って行きやがって…」と宙太くんはブツブツ小言を言っているものの、私は遥奏くんに集中しているから、いくら地獄耳を有していても、その内容までは脳内に記録されない。
「晴香ちゃんってお目が高いよね~。ルックスがあんなに完璧な男を選んじゃうなんてさぁ…」
瑠衣ちゃんがぼそりと呟く。
彼女の呟きはスマホの中で拡散するだけではない。
幸か不幸か、可愛らしいその声は周りにも届いてしまう。
「えっ、やっぱり晴香ちゃんって、阿部くんのこと好きだったの?」
彩芽ちゃんが反応する。
ああ…1人に広がった…
「なんとなく感づいてたけど、本当にそうだとは…」
ああ…荻原くんまで…
私は何も言うことが出来ずにただただ下を向く。
私の足ってこんなに細かったっけ?
自分の足をまじまじと見つめたのはいつぶりかな。
―――――それにしても…最悪だ。
「晴香ちゃんってホント可愛いね。好きなら好きって言っちゃえば良いのに~」
「瑠衣ちゃんには言われたくない」
つい苛立って声のトーンが暗くなってしまった。
しばらく沈黙が続く。
宙太くんの叫び声が何にも増して鮮明に聞こえてくる。
必死にボールに食らいつく遥奏くんは想像していたよりもかっこよかった。
彼の出ている試合はまだ見たことが無い。
出会った時にはコートを離れていて、毎日保健室で時間を共有していたから。
スラリと長い手足。
サラサラの髪。
柔らかな笑顔。
その全てが愛おしい。
私が彼の笑顔を守りたいと思ってしまうんだ。
無意識に彼を目で追うようになり、早1ヶ月…
私はまだ彼を呼び捨てに出来ない。
キョリは縮められるかな。
縮めたいと遥奏くんも思ってるのかな。
「好きならさ」
瑠衣ちゃんが落ち着いた声色で話し出す。
「いや、好きだからできないんだよね。
なんか、ごめん。好きなら…本当に好きなら、ちゃんと告白して、もし自分の思い通りにならなくても、相手を応援してあげなきゃならないって頭では分かってるんだ。でも、恐いの。
自分の思いが届かないことを受け入れられるのか分からない。だから、私…」
瑠衣ちゃんは、今までに見たことが無い表情をしていた。
涙をつぶらな瞳にいっぱい溜め込んで、いつ流れ落ちてもおかしくない状態だった。
私は胸がズキズキと痛んで、彼女を抱きしめてあげたいと思った。
苦手なはずの彼女がこんなに身近に感じるのは、彼女が私に心を開いてくれたから。
彼女が私の心に張り付いた分厚い氷を躊躇なく強引に割ろうとしてくれたから。
今度は私が答える番だ。
「瑠衣ちゃん、泣かないで」
私が彼女に向き合うと、彼女の背後から怪しい男が近づいて来た。
「うわっ!」
―――――やっちゃった…
「ちょっと何するの!?痴漢!!」
「おい、どうした?!」
担任と鬼教師が駆け寄ってくる。
また、やってしまったよ、この男…
本当に理系なの?
感性で動き過ぎでしょ。
そう突っ込みを入れてあげたかったけど、本日2度目の連行により私の言葉は喉で留まった。
「ビーチバレー大会はここまで!全員宿舎に戻れ!!」
先生方が後片付けをし出して、生徒も渋々帰り支度をする。
宙太くんのせいで1時間以上も早く、この美しいビーチから離れることになってしまった。
ああ…もっと見ていたかったなぁ…。
そんなことを思いながらリュックを整理していると、瑠衣ちゃんがやって来てこういった。
「宙太くん、優しいのかもしれないけど、やっぱムリだわ。パーソナルスペースにズケズケ入ってくる男、あたし嫌いなんだよね~」
瑠衣ちゃんは笑っていた。
彼女の身に起きたことは不幸だったかもしれないけど、結果として笑えたのだから良かった。
宙太くん、君が好きな人の笑顔、ちゃんと守れたよ。
後でこっそり伝えてあげよう。
そう思った。
「よし、帰ろー!」
「うん」
「あっ、そうだ!遥奏く~ん、一緒に帰ろー」
潮風はしょっぱい。
でも今日は甘く感じる。
恋って、こんなに甘いんだな…
というより、青春にする恋が甘過ぎるのかも…
時には酸味や苦味を含んで恋は訪れるけれど、 幼稚園とか小学校の時とは明らかに違う甘さを感じ、私はとろけてしまいそうになる。
恋はまるでチョコレート。
私の恋はミルクかな…
ビターな恋は多分10年後くらい?
でも10年後には恋じゃなくて、きちんと1人の人と向き合って愛し合って生活していたいな。
その相手が、今思いを寄せる彼であってほしい。
私たちはきっと運命共同体だから。
―――――同じ名前の遥奏くん。
彼と遙か彼方まで走りつづけて行きたい。
今の私はそう強く願っている。
「ごめん、待たせて」
「ぜ~んぜん、大丈夫!じゃ、いこ」
海にサヨナラをして私たちは歩き出した。
夏の太陽がジリジリと照りつけてくる。
潮風が私の長い髪を揺らす。
何かが繋がった。
何かが空いた穴を埋めた。
何かが私を変えた。
午後3時10分14秒。
海は私たちを見つめていた。
宙太くんの声が大きすぎて右耳が痛い。
少しは隣で見ている私の身にもなってほしい。
「よし!ナイス!」
遥奏くんは私との約束をしっかり守り、午前中とは打って変わって生き生きと試合に臨んでいた。
「かっけーとこは全部持って行きやがって…」と宙太くんはブツブツ小言を言っているものの、私は遥奏くんに集中しているから、いくら地獄耳を有していても、その内容までは脳内に記録されない。
「晴香ちゃんってお目が高いよね~。ルックスがあんなに完璧な男を選んじゃうなんてさぁ…」
瑠衣ちゃんがぼそりと呟く。
彼女の呟きはスマホの中で拡散するだけではない。
幸か不幸か、可愛らしいその声は周りにも届いてしまう。
「えっ、やっぱり晴香ちゃんって、阿部くんのこと好きだったの?」
彩芽ちゃんが反応する。
ああ…1人に広がった…
「なんとなく感づいてたけど、本当にそうだとは…」
ああ…荻原くんまで…
私は何も言うことが出来ずにただただ下を向く。
私の足ってこんなに細かったっけ?
自分の足をまじまじと見つめたのはいつぶりかな。
―――――それにしても…最悪だ。
「晴香ちゃんってホント可愛いね。好きなら好きって言っちゃえば良いのに~」
「瑠衣ちゃんには言われたくない」
つい苛立って声のトーンが暗くなってしまった。
しばらく沈黙が続く。
宙太くんの叫び声が何にも増して鮮明に聞こえてくる。
必死にボールに食らいつく遥奏くんは想像していたよりもかっこよかった。
彼の出ている試合はまだ見たことが無い。
出会った時にはコートを離れていて、毎日保健室で時間を共有していたから。
スラリと長い手足。
サラサラの髪。
柔らかな笑顔。
その全てが愛おしい。
私が彼の笑顔を守りたいと思ってしまうんだ。
無意識に彼を目で追うようになり、早1ヶ月…
私はまだ彼を呼び捨てに出来ない。
キョリは縮められるかな。
縮めたいと遥奏くんも思ってるのかな。
「好きならさ」
瑠衣ちゃんが落ち着いた声色で話し出す。
「いや、好きだからできないんだよね。
なんか、ごめん。好きなら…本当に好きなら、ちゃんと告白して、もし自分の思い通りにならなくても、相手を応援してあげなきゃならないって頭では分かってるんだ。でも、恐いの。
自分の思いが届かないことを受け入れられるのか分からない。だから、私…」
瑠衣ちゃんは、今までに見たことが無い表情をしていた。
涙をつぶらな瞳にいっぱい溜め込んで、いつ流れ落ちてもおかしくない状態だった。
私は胸がズキズキと痛んで、彼女を抱きしめてあげたいと思った。
苦手なはずの彼女がこんなに身近に感じるのは、彼女が私に心を開いてくれたから。
彼女が私の心に張り付いた分厚い氷を躊躇なく強引に割ろうとしてくれたから。
今度は私が答える番だ。
「瑠衣ちゃん、泣かないで」
私が彼女に向き合うと、彼女の背後から怪しい男が近づいて来た。
「うわっ!」
―――――やっちゃった…
「ちょっと何するの!?痴漢!!」
「おい、どうした?!」
担任と鬼教師が駆け寄ってくる。
また、やってしまったよ、この男…
本当に理系なの?
感性で動き過ぎでしょ。
そう突っ込みを入れてあげたかったけど、本日2度目の連行により私の言葉は喉で留まった。
「ビーチバレー大会はここまで!全員宿舎に戻れ!!」
先生方が後片付けをし出して、生徒も渋々帰り支度をする。
宙太くんのせいで1時間以上も早く、この美しいビーチから離れることになってしまった。
ああ…もっと見ていたかったなぁ…。
そんなことを思いながらリュックを整理していると、瑠衣ちゃんがやって来てこういった。
「宙太くん、優しいのかもしれないけど、やっぱムリだわ。パーソナルスペースにズケズケ入ってくる男、あたし嫌いなんだよね~」
瑠衣ちゃんは笑っていた。
彼女の身に起きたことは不幸だったかもしれないけど、結果として笑えたのだから良かった。
宙太くん、君が好きな人の笑顔、ちゃんと守れたよ。
後でこっそり伝えてあげよう。
そう思った。
「よし、帰ろー!」
「うん」
「あっ、そうだ!遥奏く~ん、一緒に帰ろー」
潮風はしょっぱい。
でも今日は甘く感じる。
恋って、こんなに甘いんだな…
というより、青春にする恋が甘過ぎるのかも…
時には酸味や苦味を含んで恋は訪れるけれど、 幼稚園とか小学校の時とは明らかに違う甘さを感じ、私はとろけてしまいそうになる。
恋はまるでチョコレート。
私の恋はミルクかな…
ビターな恋は多分10年後くらい?
でも10年後には恋じゃなくて、きちんと1人の人と向き合って愛し合って生活していたいな。
その相手が、今思いを寄せる彼であってほしい。
私たちはきっと運命共同体だから。
―――――同じ名前の遥奏くん。
彼と遙か彼方まで走りつづけて行きたい。
今の私はそう強く願っている。
「ごめん、待たせて」
「ぜ~んぜん、大丈夫!じゃ、いこ」
海にサヨナラをして私たちは歩き出した。
夏の太陽がジリジリと照りつけてくる。
潮風が私の長い髪を揺らす。
何かが繋がった。
何かが空いた穴を埋めた。
何かが私を変えた。
午後3時10分14秒。
海は私たちを見つめていた。



