「済んだことにしたのはおまえだろうが。俺があんなことくらいで気持ちが変わるわけないだろ。俺は、そんな風に適当に人を好きになったりしねーんだよ。俺を誰だと思ってるんだ!」

「す、すみませ……」

私、怒られてる――の?

「おまえがここに来なくたって、二年後、戻って来た時にもう一度おまえに気持ちを伝えるつもりでいたよ」

「え……?」

今度は私が目をぱちくりとさせる番だ。怒っていた目が優しく細められて、私のすさんだ頬に生田の手のひらが添えられる。

「昨日言っただろ? 『どうせ二、三年後には戻って来るので、せめて忘れないでいてくれ』って」

「え、え? だって、あれは、同期のみんなに言った言葉で――」

「俺が同期に『忘れないでいてくれ』なんて言うわけねーだろ。忘れられたってどうだっていいし。俺が忘れていてほしくないと思うのはおまえしかいないよ。結局、俺はおまえのことを忘れられないんだ。そんなことできないんだ」

まさか。あんな場での言葉、私に対してだなんて思うわけがない。

「――二年経っても俺の気持ちは変わってないっておまえに言ったら、その時は、俺のことを信じないわけにはいかないだろうって思った。いくら臆病で自信のないおまえでも、今度こそ自信を持てるんじゃないかって」

私って、実は、物凄く、贅沢者なんじゃないか……。そう思えて、涙があふれる。こんなに想ってもらえるなんて。

頬に当てられていた長い指が、私の目から零れ落ちる涙を掬ってくれた。

「おまえみたいな臆病者を信じさせるには、あとは時間しかないんだって思ったから。だから、俺は、このままおまえと終わるつもりはなかった。まあ、大きな賭けではあったんだけどな。でも――」

既に涙の跡のついた、ぐちゃぐちゃの顔に、更に涙が滑っていて。とんでもなくぶさいくなはずの私に、これ以上ないってほどに甘い笑みを向けてくれた。

「その前に、おまえが来てくれた。どうしようもないほどの臆病者が、こんな場所で愛の告白してくれたんだもんな。死ぬかと思うほど、嬉しかったよ……」

「――わっ!」

”こんな場所で”という言葉に、急に周囲の視線が気になり始めるというありさまで。

でも、すべてを分かっているはずの生田が、そんなことはお構いなしに私を抱きしめて来る。セキュリティチェックエリアの入り口だなんて、これから出国しようという人すべてがやって来る場所で大騒ぎして抱き合う私たちに、きっと呆れた視線を送っているんだろう――とは思っても、もうそれさえもどうでもよくなってしまった。

「――好きだよ。おまえが好きだ」

心からの深い声。その存在を確かめるように私も生田の背中に腕を回す。

「ずっと、私の傍にいて」

そんな風に誰かにお願いするのは、初めてのことで。それでも、それが私の一番の願いだ。

――もう、絶対、離さない。おまえがバカなことしても、縄で縛ってでもどこにも行かせない。

「私も絶対離さない。絶対別れてあげない」

「その気持ちを忘れるなよ。もう勝手な行動は許さないからな。俺以上の男はいないと肝に銘じろ」

そんなふざけた言葉を残して、愛しい人は旅立って行ってしまった。私の心は永遠に生田に預けて。