「大盛り上がりのところではありますが、ここの店の予約時間ももう過ぎておりますので。いったんお開きにしなければなりません。飲み足りないと言う方はまた二次会を開くのでそこで――ということで、内野。最後の締めはおまえがやれ」
「え?」
吐きまくってへろへろになっている同期を介抱しているところだった。確かに腕時計を見れば、もう会が始まって二時間をとうに過ぎていた。
「なんだよ。おまえも幹事なんだし、ここ予約とっていろいろ調整してたのもおまえ。それに、生田と同じ課だろ? ほら、早く」
その当然と言わんばかりの視線が私を追い詰める。
「時間ねーんだ。こんな時に、いきなり素に戻るなよ。さっきまでバカ騒ぎしてたじゃねーか」
周囲の早くやれという視線がさらに追い立てる。おそるおそる立ち上がると、まっさきに生田と目が合った。その目が何を思っているのか――知りたくなくて視線を逸らす。
「えっと、じゃあ……」
仕方なく、懸命に言葉を探す。ぐらつきそうな足を必死で踏ん張る。
「生田とは一年間同じ課で働いて来て、はじめてちゃんとその人となりを知ったというか……」
私は一体何を言おうとしているんだろう。あんなにお酒を飲んだのに、全然やっぱり効いていない。手が勝手に震えだして、それを抑えるために手を握りしめる。
「それで、凄い人だって知りました。それまでは、ちょっといい男だからってただすかしてるだけの男なんだろうなーなんて、モテない人間としてはちょっと僻みつつ見ていましたが――」
そこで、笑いが起きる。でも、私にはまるで笑う余裕はない。
「でも、近くで働くようになって、実は生田は誰よりも早く出勤しているし、誰よりも遅くまで働いている。何も考えていないようで、周りの人のことをよく見ている。そういう人なんだって知りました。だから、生田はどこに行ってもちゃんとできる人だと思います……」
「おーい! なんだよ、その真面目な話は。内野らしくねーぞ」
さっきの仕返しのつもりだろうか。桐島がやんやとチャチャを入れて来た。
それでも、生田一人は、その表情を硬くしたままだった。それが視界に入り、よりたどたどしくなる。
「桐島、うるさい! だから、えっと、そういうわけで、向こうに行っても、元気に、生田らしく……」
仕事頑張ってください――そう言って終わりたいのに、なぜか唇が上手く動いてくれない。本当は言いたかったちゃんとした別れの言葉ーー。言えない……。
「おい、内野、どうしたー。まさか、寂しいの? 泣きそうとか?」
アハハと、同期のみんなが笑う。
「そ、そりゃあ、一年一緒に働いて来たんだから寂しいに決まってるよ。バカ」
誤魔化さないと、みんなの前で醜態をさらしそうなので慌てて冗談にした。懸命におちゃらけてみせる。必死に。とにかく必死に。
「――ええ、生田くん。ニューヨークでの、ごか……ご活躍、陰ながら祈っていますっ! 以上!」
言い終えるとすぐに、頭を下げた。こんな表情少しも見られたくない。周りの人は、そんな私のことなんて知る由もない。
「おっと……、今日の主役の挨拶を忘れてた。じゃあ、生田からも一言」
これでお開きになるかと思っていたら、桐島が思い出したかのように声を上げた。あの様子は、本当に頭になかったみたいだ。
「忘れてくれてて、良かったんだけど」
「そんなつれないこと言わずに、一言!」
一気に拍手が起きて、生田も仕方なくという風に立ち上がった。



