「それでは!」
遅れそうだと言いながら、結局桐島は時間通りに居酒屋『運』にやってきた。そして、その桐島が乾杯の音頭を取ろうと立ち上がった。
「我らが同期、生田がニューヨークに赴任ということで。ぜひともあちらでも活躍してもらいたく――」
「なんだよ、その硬い挨拶は!」
桐島の無駄にかしこまった挨拶に早速ヤジが飛ぶ。私は、いつもと同じように入り口に一番近い端の席に着いていた。そして、その隣に桐島。生田は、今日の主役ということで長細いテーブルの中央に座らせた。
「うるさい。じゃあ、もう、いいか。とにかくだ。俺たち同期の中で一番仕事出来て、一番のいい男で。いろいろ悔しいので、向こうで金髪美女をぜひ捕まえてほしいと思う」
桐島の意味不明な言葉に、今度は女子からブーイングが出る。
「何それ。どうして男って発想がそんなに安直なの。外国イコール金髪って、ホント品がない」
そう言ったのは、京子だった。
「本当だよ!」
「俺じゃなくて生田の話だろ! じゃあ、とにかく乾杯!」
女子の攻撃に恐れをなした桐島が強引に乾杯の音頭を取る。
「かんぱーい!」
皆でグラスを合わせ、私も一気に生ビールを飲み干した。
「生田、頑張れよ」
「ああ」
「生田君なら、すぐ慣れそう。セントラルパークを闊歩する姿が板に付いちゃいそうだね」
「そうだろうね」
相変わらず――。周囲のテンションから一段低い愛想のなさ。それなのに、あんなに「特別扱い」してもらえて……。そんな風に、他人事のように観察出来ていた数か月前が懐かしい。気を緩ませると、何かが込み上げて来そうになるから慌ててジョッキを手にして残りのビールを飲み込んだ。
「お、おい! それ、俺の!」
「え? あ、ああ、ごめん」
「何やってんだよー」
そうだった、自分のビールはさっき一気飲みしたんだった……。私は隣の席の桐島のジョッキを手にしてしまっていた。
「桐島の分、すぐ頼むから」
わあわあと喚く桐島を黙らせるため、店員を捕まえてオーダーをする。
「すみません。生2つと、日本酒熱燗で3つ。それから、カンパリソーダも」
「え? そんなに? 誰の分だよ」
人が注文している途中に邪魔をして来る桐島を腕で追い払う。
「一つは桐島の生。そのほかは全部私の分だよ。悪い?」
「そんなに一度に飲むつもりかよ……」
今日は、本気でアルコールを摂取しないと精神が持たない。それだけは間違いない。飲んでも飲んでも酔えないに決まってるんだから。
「沙都……」
心配そうに見つめる目が真正面に。希はなんとなく察しているようだった。生田のニューヨーク赴任と、私のおかしな様子。この二つで、一体どうなっているのかは予想がつくだろう。それでも、私が話をするまではと思ってくれているのか、希から何かを聞いて来ることはなかった。もう少し待って。生田が行ってしまったら、日本を発ったら、きっと言えるから。



