臆病者で何が悪い!


結局、日曜日も家には帰してくれずに、月曜日の朝、出張へと出かけて行く生田を見送った。

「――土曜日、帰って来るから。その日、必ずあけておけよ。それまで、いい子で待っているように」

そんなことを言って、私を不意に抱きしめて来た。

「ちょ、ちょっと、こんなところでやめてっ」

職場への経路を少し遠回りして、品川駅まで生田を見送りに来たのだけれど。朝の通勤ラッシュの都会の大きな駅の構内で、一体何をするんだ。

通行人が明らかに、私たちを眉を潜めてチラ見している。
それにだ。生田は羽田空港へと向かうのだけれど、生田と共に出張に行く職員がいつここを通るとも分からない。こんなところを見られたら、たまったもんじゃない。慌ててその長身の身体を引き剥がそうとしたのに、何を考えているのか更に腕の力を強めて来た。

「俺がいない間、勝手なことをしないように。何かあったら、必ず俺に連絡するように」

「ねえ、離れてよ。誰かに見られたら――」

「分かったって言うまで、このままだ」

この人は、こういうところ、無駄に度胸が据わっているというか。私みたいな善良な小市民には真似できない。

「分かった。分かったからっ」

ようやく、その身体が私から離れた。

「分かったなら、いい。じゃあ、行って来る」

「うん」

黒いコートの袖から伸びた手のひらが、すっと私の頬に触れた。ほんの一瞬だったけれど、それはとても優しいものだった。

「行ってらっしゃい」

羽田空港へと向かう電車のホームへと向かうその背中を見送る。でも、数秒して、生田が不意に振り返った。

「なに?」

口元だけで、そう問いかける。でも、生田はただ微笑みをくれただけ。でも、なぜだか、とてもその微笑みがじんと来た。なんでだろう。変なのーー。小さくなっていくその背中を見つめる。そして、行き交う人の中にその背中が埋もれて消えた。

隣の係は、出張中で不在のため、いつもより課内が静かな気がした。それは、生田がいないことの、私の感覚のせかもしれないけれど。