臆病者で何が悪い!


「希、起きて。田崎さんが来てくれたよ」

目を閉じたままの希にそう声をかけて、玄関へと急いだ。

「わざわざありがとうございました。希、ベッドで休んでます」

ドアを開けた先に、何故か職場で見たのと同じスーツ姿の田崎さんが現れた。

「こちらこそ、迷惑かけたね」

「今、寝てしまっていて。起こして来ますから。希ー! 起きて――」

部屋の方へと身体を向け声を上げた私を、田崎さんの手が止めた。

「内野さん、待って。大きな声出さないで」

「え? でも、起こさないと……」

田崎さんに腕を掴まれたままだ。

「せっかく寝てるのに、起こすのは気の毒だ」

「でも――」

腕を掴む手にさらに力が込められて、思わず身体を引いた。

「最近眠れていないって言ってたから。出来れば、起こさないでそのまま寝かせておいてほしい」

「それはそうかもしれませんけど、でも、希は今は寝ることより田崎さんに会いたいはずです!」

私は強い眼差しで田崎さんを見返した。希の涙を思い出す。声を震わせて、肩を上下させて田崎さんを呼んだのだ。

「――君は、本当に優しい人だね」

「え?」

ふっと息を吐くようにそう言って微笑んだ。私の言ったことを、聞いてくれているのだろうか。どうして、田崎さんはそんな風に笑っていられるの――?

「そんな内野さんだから、希のことを頼めるんだよ」

いつもの穏やかで優しい微笑み。でも、私には全然理解できなかった。田崎さんの考えていることが。

「田崎さん。どうして、希はこんなにボロボロになっているんですか? 心配なんです」

このまま田崎さんを帰したりできない。希が目を覚ました時、きっと傷付く。

「別に、何もないよ。ただ、僕の仕事が忙しくてなかなか二人の時間を取れていないだけだ。そのことに、希が勝
手に不安になっているのかもしれない」

「でもっ――」

「ただ、最近思うんだ。どうして僕は、希を見てしまったのかなって」

「え……?」

何をーー?

怖い。不意にそんな感情が胸を過った。その理由は分からない。ただ、目の前にいる人が全然知らない人に見えて怖かった。広くもない私の部屋の玄関、見慣れたはずの光景に急に恐怖を感じる。