同期の新年会の日がやって来た。新年会と言うには遅いんじゃないか、なんて思っていたけれど、思いのほか仕事が多くてやっぱりこの時期で良かったのかもしれない。
朝の通勤電車の中で、スマホを取り出す。そこに表示されているのは、昨晩、というかもう日付は今日になっていた、生田から送られて来たメール。
(今日は、同期飲みの後うちに来いよ。合鍵渡したのに、おまえは全然来ねーし。俺は今日は飲み会には行けないから、来てほしい)
今日なら、迷惑にならないかな――。
生田を疲れさせるのは嫌で合鍵を使ったことは一度もない。退勤表を見ても、生田はいつも終電頃で。田崎さんの言葉を思い出すと、どうしても行けなかった。
(うん。今日は行くね)
明日は休みだし。ちょうど良かったかもしれない。
(待ってる。久しぶりに二人でゆっくり過ごそう)
すぐに生田から返信が届いた。
やっと。やっと生田と二人で過ごせる――。
壁に掛かる時計を見れば、もう定時を過ぎていた。この日に合わせて終わるように仕事をしてきたから、なんとかこのままあがれそうだ。
「――あの、すみません。今日は、お先に失礼します」
席を立ち、田崎さんや係長に頭を下げる。
「ああ、そうだった。今日は同期の飲み会だって言ってたよね。たまには楽しんできな。お疲れ様」
「お疲れ様」
係長と田崎さんがそう言ってくれてホッとする。
「ありがとうございます。失礼します」
席から離れる際に、一瞬生田の方を見た。肩と耳に受話器を挟みながら、何か資料を捲っていた。とにかく、忙しそうだ。でも――。今日の夜は会えるから。それを胸に職場を出た。
いつものように桐島と二人、みんなより一足先に居酒屋『運』へと向かう。
「今日、生田来ないんだな。珍しいな。あいつ、いつもは付き合い悪いくせに飲み会だけは来てたのにな」
隣を歩く桐島がぼそっと言った。
「え……っ、ああ。係長になったばっかりで忙しそうだって」
まずいまずい、つい声が上擦ってしまった。
「そうだったな。昇任したんだっけ。こうやってあいつはどんどん上にあがっていくんだな。分かってはいたけど、キャリアとノンキャリってそういうことなんだよな」
「まあ、そうだね」
これから先のことはあまり深く考えていなかったけれど、確かにそういうことだ。ここからは、私たちノンキャリとは別次元の世界へと向かっていく。
「事務次官になる可能性だって、あるんだもんな……。今までは同じ同期だって意識だったけど、こう考えるとなんかすげーな」
バカだな。そんな当たり前のこと、考えてもいなかったなんて。いつも近くにいて、バカなことばかり話しているからすっかり忘れていた。ほんの一瞬、生田のことを遠く感じてしまった。
飲み会が始まると、私はいつものように出入り口に一番近い端の席に着いた。もう、ここが私の定位置だ。そして、私の向かいには希が座る。こうしてちゃんと希の顔を見るのは久しぶりのことだ。やっぱり、どことなくやつれている気がする。それなのに、目の前の希はいつも以上に明るい声を上げていた。
「沙都ー! 幹事だからっていつもあんまり飲んでないでしょ? 今日は一次会からじゃんじゃん飲みなよ? 幹事はもう一人いるんだから。ね、桐島くん!」
「あ、ああ。今日はどうしたんだ? 飯塚、最初からテンション高いな」
私の隣に座る桐島も驚いている。
「そう? 別にいつもと同じだけど。でも、今日はお酒が美味しいなぁ」
そう言って、ビールのジョッキをまたもあけていた。やっぱり変だ。いつもは、そんなペースで飲んだりしない。



