遅れて課に戻ると、生田は既に課長席で何やら話し込んでいた。生田の席には、さっき手にしていた研修資料がただ積まれていて。研修から戻っても休む暇もなく、今度は業務についている。その横顔をつい見つめてしまう。切れ長で二重の、綺麗な目。真っ直ぐの眉、形のいい鼻に色っぽい唇――。仕事をしている時の生田は、それはそれでまたかっこよくて。あの人が、二人きりになれば私だけのものになるのだと思うと、たまらなく胸が疼く。見惚れてしまう。目で追ってしまう。
「内野さん」
「は、はいっ」
つい見入っていた背後から田崎さんに声をかけられて、肩をびくつかせてしまった。
「さっきの資料決裁おりたから、印刷に回しておいてくれる?」
「はい、わかりました」
ああ、だめだ。こんなところでぼーっとしては。自分の席に戻ろうとした時、もう一度田崎さんの声がした。
「生田、毎日大変そうだよね」
「え? え、ええ。そうですね」
私の視線の位置と合わせるように、田崎さんが身を屈めた。私の視線をたどるように、田崎さんも生田へと視線を向ける。
「生田、見てたの?」
すぐ隣にいる田崎さんの横顔が、近い。
「ど、同期なので、頑張ってるなって思って」
ちょっとムリがあるかな。でも、ここはうまく誤魔化したい。
「そうだね。今が一番大変な時かもね。上に立つのもまだまだ慣れないだろうし、だからと言って失敗も許されないから。キャリアって一つの失敗が今後の出世に影響するから」
「出世ですか……。でも、生田はあんまり興味がなさそう」
生田の表情を勝手に思いうかべる。
――出世? 興味ねーよ。とか、言いそうだよね。
「――そうかな」
「え?」
「出世に興味がないキャリアなんているのかな。じゃあ、なんでキャリアになるの? 出世したくないなら一般職でいいじゃないか。生田だってああ見えて、野心あるんじゃないかな」
「そんなものでしょうか……」
私には分からない。
「それはともかくとして、慣れるまではとにかく仕事のことだけを考えていたいだろうね。そういう時、男って、他のこと同時に考えられないものだから。見た目よりずっと、神経使っていると思うよ」
「そう、ですね……」
確かに今が大事な時かもしれない。一見やる気がないように見えても、生田は責任感の強い人だ。周りに仕事のことで迷惑をかけたりして平気でいる人じゃない。私が生田のために出来る事。それは、仕事以外のことで手をわずらわせないことだ。
――いつでもってことは、平日でもってことだ。俺の帰りがどんなに遅くなっても、俺の部屋で待っていてくれれば会える。一緒に眠りにつける。
生田はさっき、ああ言ったけど。きっと、寂しいと思っている私のために言ってくれた言葉だ。夜遅く帰って来たところに私がいたら、休めるものも休めなくなる。平日は特に一刻も早く寝た方がいい。生田から受け取った鍵をそっと握りしめる。
この鍵をもらえただけで十分。寂しいなんて思うのは、贅沢だ。何より、生田に無理をさせたくない。



